[Opinion―研究の現場から]

本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第43回 社会人経験者という新しい風

「実験医学2014年1月号掲載」

近年,博士課程進学者が減少傾向にある(2000年:18,232名, 2011年:15,655名)1).今後少子化も相まって,研究の原動力となっている若手研究者の減少が予想される.そのなかで,社会人から博士課程に進む人々は日本の研究の新たな推進力になるかもしれない.

社会人から博士号を取得するには,会社に勤めながら空き時間を利用して大学院に通う「社会人博士」と,会社を辞めてから大学院に入りなおすという大きく2つの方法がある.数年前から文科省では社会人博士を支えるサポートについての審議が行われているが2),実際に社会人を経験した若手研究者はどのような経緯で博士課程に進学し,研究生活についてはどう感じているのだろうか.今回,会社を辞め,現在は研究一色で日夜奮闘するAさん(東京大学)およびBさん(大阪大学)にインタビューを行った.

Aさんは元々研究者を志していたもののアカデミックポストは先が不安定だと感じ,修士号取得後に教育系の企業に就職した.しかし,仕事を続けながらも,「生命科学の研究をしたい」という思いを捨てきれずにいた.就職して3年経った頃,同じ時間を費やすなら,やりたいことに打ち込みたいと一念発起した.社会人博士の制度の利用も考えたが,会社との時間的な両立と体力的な面から,利用しないことにした.しかし,幸運なことに両親は,「やりたいことをやりなさい」と背中を押してくれ,金銭面の支援をしてくれることになり,博士課程に入学した.仕事の進め方は社会人として働くことと大きな違いはなく,常に結果を出すことが要求された社会人としての経験は,今の研究に活きているという.結果として,修士課程の学生だったときよりも,より先を見渡せるようになったと語る.

Bさんは,航空宇宙工学を専攻し,修士号を取得した後,企業で人工知能の開発に携わった.人間には簡単にできる識別を機械で再現することが困難であったことを通じ,人間の生物としての能力の偉大さに気づき,医学研究の道に進むことを決めた.生命科学を一から学び直したうえで基礎医学研究を行うため,30代後半にして医学部に2年次編入学した.医学研究では,人工知能開発に用いられる統計学的な解析手法などが応用されているため,企業で身に付けたノウハウが脳や神経の難病の病因解明に活かせる可能性があると語る.

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「今後のキャリアについて」の質問を投げかけると,彼らはともに「年齢とポスト」の関係をあげた.いくつかの補助金やポストの募集要件にある「年齢制限」がキャリア形成上気にかかる,というのがその主な内容である.そのようななか,平成26年度採用の学振PDから年齢制限が撤廃される.企業で数年勤めた後に,大学院で博士号取得または論文博士をとり,アカデミックキャリアに挑むチャンスが広がってきているのかもしれない.

われわれ若手研究者は,社会人がアカデミアに参入してくる状況においてどう行動すべきだろうか.ここでは,彼らが身につけた異分野のノウハウやビジネスの経験を共有し,われわれの研究に活かすことを提案したい.例えば,彼らとのコミュニケーションにより,企業に勤めていたときに得たノウハウを学ぶことができる.Aさんのように,社会人経験のなかで身につけた仕事に対する取り組み方は,われわれの研究活動においても参考になるものがあるはずだ.また,Bさんがもつ人工知能開発に用いられる統計学的な解析手法はそのノウハウの1つであろう.社会人経験者は,同じ目標に向かう同志としてわれわれ若手研究者によい刺激をもたらし,研究の発展における新しい風となるにちがいない.

文献(文部科学省データ)
1)博士論文研究基礎力審査の導入について 改正の趣旨・概要(高等教育局大学振興課)
2)社会人のニーズに対応した大学院教育について〔中央教育審議会大学分科会 大学院部会(第61回)資料3〕

大城理志,余越 萌(生化学若い研究者の会・キュベット委員会)

※実験医学2014年1月号より転載