[Opinion―研究の現場から]

本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第50回 研究者の社会活動に思うこと―病院と研究室を行き来して

「実験医学2014年8月号掲載」

①患者さんが怒ったら内容にかかわらず謝ること

②常に患者さんに敬語を使い,目を見て話し,誠心誠意向き合うこと

③テレビに出ないこと

とある教授が口にした「訴えられないための3か条」.当時医学部生だった私が数年後にこの言葉を思い出したのは病院業務にようやく慣れてきたころ,自分の一挙一動,一言一句が原因となって患者さんから訴えられる可能性があることに,ふと気づいたときでした.

学生時代から病院と研究室を往復してきました.そんな私にとっての研究の魅力は自分の信念を追及できることです.しかし,そんな研究者にも社会活動が大きく課せられてきています.奨学金のため,学会からの要請に応えて,大きな成果を出したら取材された…時代の流れに応えようと頑張りすぎる研究者の姿を見るたびに,この3か条を思い出すのです.

人間って感情的な生き物だと思うのです.正しいことではなく信じられることを信じ,正しくても受け入れられないことは批判の対象になる.専門家同士の会話とは根本的な判断基準が異なります.客観的に見て妥当な医療を提供しても,患者さんに不信感をもたれたら不快な思いをさせたことを謝らないといけないことは,その一例です.研究者が独特のフットワークの軽さで相手に応じた対応ができない場に出るとき,違いを理解しないままでは,思いがけない指摘を受けて戸惑うかもしれません.

社会からは,事実関係ではなく自分の人間性がみられているといっても過言ではありません.普段から信頼関係が築けていれば仮にミスをしても訴えられることは少ないと言われていることが,それを体現しています.信頼を得るために伝えるべきことは,真実ではなく,目の前の人の思いに応えるストーリーなのかもしれません.研究者は真実を伝える訓練を受けていますから,社会ではそれと真逆のことをこなさなければなりません.

社会に出る研究者は,何でも知っていて何でもできるキラキラしている人に見えるはずです.明日をも知れぬ任期職,なんて厳しい現実を知っている人はごく一部です.すばらしい成果をだした研究者が輝いて見えるのは必然でしょう.でもその人を見たときに尊敬の感情をもたれれば大きすぎる期待を受け,少しでも不信感やミスが加われば思いも寄らない批判につながります.ですから,必要以上に自分たちが輝いているようにみせないことも,時には取材を断ることも重要でしょう.車が趣味の往診医が仕事にオンボロ中古車を使うように.少しでも不信感をもっていた人がキラキラしているテレビの世界にいたら妬みと怒りの感情が生まれて訴えられるから,テレビには出るなと言われたように.

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でも,こんなに多くのことを研究者個々人が背負う必要は全くないと思っています.研究者は研究に専念すべきですし,多くの研究者は社会に出る機会も少ないでしょう.だからこそ,研究者組織としての最低限のルールや約束事をつくって仲間を守りあえれば良いのにと思うのです.研究成果が個人の責任でも,良心と使命感に任された結果としての「稀に起こりうる危険」への責任まで個人で背負う必要があるのでしょうか.社会活動の前には研究界との違いに同意するとか,マスコミの取材内容を広報を通して事前確認するとか,学会や研究所単位で,ときに理解のある報道関係者や有識者をも巻き込んで整備できないのでしょうか.独創性と公共性の両立は簡単ではないでしょう.それでも社会の要請にこたえるのが研究者の義務だと考えるなら,義務を果たしたことで自分たちが必要のない苦しみを味わわないようにする方が将来にわたってプラスではないでしょうか.

のびのびと研究に専念できる環境を,みんなで少しだけ力を合わせれば取り戻すことができるんじゃないか,そう思うのです.

香川璃奈(東京大学大学院/生物物理若手の会)

※実験医学2014年8月号より転載