[Opinion―研究の現場から]

本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第54回 医学部から基礎科学者を志すこと

「実験医学2014年12月号掲載」

基礎医学の世界は,理学部や工学部出身の研究者が大活躍しています.そのようななか,あえて医学部から基礎研究者を志すことで,どんな貢献ができるか,ということについて,私見を述べさせていただきたいと思います.

私自身は,大学入学時から脳機能などの基礎研究に興味をもっていたという事情があって,学部の後半では,研究室に出入りして,実験や勉強会に参加させていただいておりました.進路として,卒後,臨床医として研修を受けるか,それとも,直接大学院にいって基礎研究の道に進むか,ということについてかなり迷いましたが,大学院への進学を決断し,学位取得後も,大学の教員として,生理学教育にもかかわりながら,脳の時空間情報処理に関する研究を続けてきました.その後,現所属(国立障害者リハビリテーションセンター研究所)へ移り,現在は発達障害研究室を運営しています.現所属は,目的志向型の研究所であり,基礎研究を行うと同時に,それをリハビリや支援法の開発などに活かすことを目指した研究を行っています.

当然のことながら医学部生の多くは臨床の医師を目指します.研究者になることを考えた場合,卒業まで6年かかるため,他の学部出身者に比べて,研究室での生活がスタートする時期は2年ほど遅れ,卒業直前には国家試験の受験勉強に多くの時間を費やすことになります.他の学部出身者が,修士課程を終えて,学会発表や論文執筆を経験しはじめる段階において,実験に必要なスキルもなければ,解析に必要な専門技術を学ぶ機会もありません(MD-PhDコースでは事情は少々異なります).しかし,それでも,医学をバックグラウンドにもつ者が,基礎研究に参加することの意義は十分にあると考えています.

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医学教育では,人体全体をシステムとして捉えて,その正常と病態を学びます.ともすると要素還元論に偏りがちな基礎科学の世界にあっては,臓器横断的に俯瞰する視点は重要です.古くはブローカ野,最近ではノックアウトマウスの解析のように,病態から正常機能が明らかになる例は少なくありません.そのときに,システム全体から障害を推定するというトレーニングの経験は大いに役立つのではないかと思います.さらに,臨床医は,まず眼の前の問題を解決することが求められます.医学教育の根底に流れる問題解決のための訓練は,専門外であろうと「何とかする力」を身につけるよい機会になったと思います.

また,学部生のときに想像していたほど,研究と臨床は断絶したものではなく,むしろ流動性が高いと感じています.臨床医となった人の多くは卒後数年で大学院を目指し,その一部は,基礎研究者として定着しています.反対に基礎研究者から臨床に進む例も少なくありません.基礎と臨床のどちらに進む場合であっても,両者の橋渡し役となって共同研究を進める,といった具合に,研究の経験は,無駄にはならないと考えています.

基礎研究,とりわけ,私が身をおく生理学分野は,さまざまな学問的な背景が求められます.もちろん生物学の知識は欠かせませんし,計測機器の制御には工学の知識も必要です.そして脳機能を扱う領域では,心理学の知識も求められます.ですから,この領域は,医療関係者だけでなく,むしろさまざまな背景の出身者の活躍があって成り立つ領域です.医学に限らず,さまざまな背景のメンバーがいる中で,自分の持ち味を活かして,研究の推進に貢献するのがベストではないでしょうか.私自身も,研究の目標を明確にもって,研究を進め,それを臨床に活かしていければと考えています.

和田 真(日本生理学会若手の会/国立障害者リハビリテーションセンター研究所・脳機能系障害研究部・発達障害研究室)

※実験医学2014年12月号より転載