[Opinion―研究の現場から]

本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第48回 ゲノム研究におけるプライバシー保護のルール

「実験医学2014年6月号掲載」

最近はどうも研究に関する不正の話題が多くあるようで,国の方でも「研究における不正行為」「研究費の不正使用」に関するガイドラインが見直されつつあります.

一研究者としては,粛々とルールを守る他はないのですが,倫理審査委員会(IRB)に提出書類をつくって,研究実施に際しても何の目的かわからない規制を守らされたり,他機関との共同研究では施設ごとに微妙にガイドラインの運用が異なったり,と,苦労ばかりあって何の意味があるのやら,といった不満も耳にします1)

厚生労働省の研究に関する指針のホームページ2)には10の指針が載っていて,厚生労働科学研究を行う場合にはそれらを守れ,となっています.他に,ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律,再生医療等の安全性の確保等に関する法律etcと,ルールがたくさんありますが,大雑把には,IRB等の事前のチェック,被験者・研究協力者の同意(インフォームドコンセント),資料や情報の管理体制等の事後のチェック,というのが共通のルールになるかと思います.これらのルールがどのようにつくられているか,少しご紹介します.

たとえば,ゲノム情報ないし遺伝情報は必ずしも被験者・研究協力者本人の同意がありさえすれば問題が全くないわけではありません.遺伝性の強い疾患に関するゲノム情報は,本人だけではなく,家族や子孫にも大きな影響がありえます.そうしたゲノム情報におけるプライバシーを適切に保護することによって,ゲノム情報の(家族も含めた)当事者の保護だけではなく,一方で研究の推進や国民全体の健康増進といった,社会的利益にもつながります3)

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平成25年12月には「パーソナルデータの利活用に関する制度見直し方針」が内閣官房のIT総合戦略本部において決定され,以来,個人情報保護法の改正に向けた検討が行われています.見直し方針のなかでは,プライバシー性が極めて高いデータを『センシティブデータ』とし,センシティブデータが多く含まれる分野でのパーソナルデータの取扱いについては関係機関が専門的知見をもって対応することを促しています.

病院の診療情報や,ゲノム情報といったものは,このセンシティブデータに含まれ,「関係機関が専門的知見をもって対応」することになりますが,研究者に対する信頼が揺らぐなか,従来の研究倫理指針は法律ではなく行政指導なので,(強制力が働かず)ルールとしては緩すぎるのではないか,という考えもあります.

また,見直し方針のなかでは,「諸外国の制度との調和」「他国への越境移転の制限」といったことを検討し,他国との調和を図るとしています.研究サイドでも,ゲノム情報に関して,国際的にDBを共有しようという動き4)が進んできており,その方法に関する国際的な動き5)との協調も必要です.

日々研究活動に忙しいのは間違いありませんが,国の方でガイドラインや法律を良いようにつくって欲しい,というスタンスでいた結果,後から不満をもつのではなく,研究者自身が,研究活動をしやすいように声を上げ,自主的なルールをつくっていき,それを社会に認めてもらうという方向での活動も行うべきではないでしょうか6)

参考
1) 辰井聡子「生命倫理と刑法」ジュリスト1396号95頁(2010)
2) http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hokabunya/kenkyujigyou/i-kenkyu/
3) D. Solove, Understanding Privacy, Harvard University Press, 2008(大谷卓史訳『プライバシーの新理論』みすず書房,2013年)
4) 例えば,がんゲノムに関して,International Cancer Genome Consortium(ICGC)
5) 例えばthe Global Alliance for Genomics and Healthの活動に関して,Ewen Callaway, Global genomic data-sharing effort kicks off, Nature doi:10.1038/nature.2014.14826
6) 実験医学2013年8月号のOpinionでも、ルール作りへの参加は研究者の社会的責任だとの指摘があります.

藤田卓仙(慶應義塾ヘルスケア産業プラットフォーム)

※実験医学2014年6月号より転載

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