[Opinion―研究の現場から]

本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第62回 広告医学(AD-MED)で医療をかえる!

「実験医学2015年8月号掲載」

世界保健機関のデータによると,現在世界中で年間3,000万人を超える人々がライフスタイルに関連する疾病で死亡するとされており,日常生活での行動変容がますます重要になっている.実際,日本では先制医療,米国ではプレシジョン・メディシンという一大分野が形成され,ウェアラブルデバイスなどのテクノロジー研究も活発だ.しかし,正確な収集データで個別化リスクが提示されたとして,本当の目標=「人びとの行動変容(behavior change)」は達成されるだろうか.本稿では,筆者らが提案する「広告医学」という基礎理論をもとに,人びとを動かすためのコミュニケーションデザイン研究の重要性を議論したい.

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広告医学とは?

どのようなときに人は行動を変えるだろう? もちろん,合理的に判断することもある(理性)一方で,みんながやっているから(帰属意識),楽しいから(感性),ついつい(自動性:Automaticity といって最近注目されている),といった理由による行動も多い.健康行動の持続的誘発には,こうした人間の特性を踏まえた施策設計が重要だが,データ把握・理解といった「合理性」の研究は進む一方,実効性の高い介入(=コミュニケーション)についてはアカデミアレベルではほとんど体系化されていない.自分はこの観点で,広告業界が経験的に蓄積してきた施策設計の考え方が有効ではないかと考え,広告のもつデザインやコピーライティングの視点を活用して人びとの生活行動を変容させることを目的とする,広告医学(Advertising Medicine:AD-MED)という概念を立案した(参考1〜3).①人がどんな理由で行動をとるかを調査,②行動変容のための介入対象と,そのデザインを考えて施策を実現,③実証データからブラッシュアップする,という作業が基本のフローである.

一例を紹介すると,ある企業から社員のメタボリックシンドロームへの対応について相談があった.われわれが従業員に調査をしたところ,他の情報とともに「定期健診などの情報は気にならない.しかし『制服がきつくなった』と思うと体型を意識する」という意見が出てきた.われわれは理性的な「データ提示」と異なる文脈で行動を変化させられるのでは? と仮説を立て,クリエーター協力のもと,体型の変化を可視化する「Smart Pants」を開発した(参考4).

参考5

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また別の事例では横浜市から,健康づくりのため交通機関の階段利用を促進したい,と相談を受けた.健康行動の利益を訴求する健康階段(理性型),見た目デザインの美しさを楽しむ階段水族館(感性型)の2種類の階段を設置,利用度評価を行ったところ後者の方が効果が顕著であることが明らかとなった(参考5).

コミュニティ治療

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今後へ向けた提案とビジョン

こうした取り組みの本格化には,人材育成,実証実験,商品実装の流れを継ぎ目なく実行することが考えられる.このためには課題認識を共有する産官学連携の共同体でデザインラボを設置することが有効と思われるし,最終的には有効な方法論を結集させた「まちづくり」などマクロ視点へと軸足を移すことで,自治体連携で持続可能な体制づくりも実現できるだろう.デザインの視点から,疾病予防を実現する全く新たなコミュニケーション体系,いわば「コミュニティ治療」ともいうべき概念が具現化できれば,今後の日本,世界を救うきわめて重要な領域となるのではなかろうか.

清水真哉1)2),武部貴則1)〜3)(横浜市立大学大学院医学研究科1)/電通・博報堂ミライデザインラボ2)/スタンフォード大学幹細胞生物学研究所3)

※実験医学2015年8月号より転載