[Opinion―研究の現場から]

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本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第114回 100年後の地球を守る人材育成プログラム

「実験医学2019年12月号掲載」

今のまま人間が活動していくと,地球はあと100年もたないと言われている.これまで人間は地球の資源を欲しいままに使い,持続できない発展を遂げてきた.そんなわれわれ人間が100年後も地球上の生物と共存して生きていられるような世界を実現するために,「One Earth Guardians(地球医)育成プログラム」が東京大学大学院農学生命科学研究科で動きはじめた.

100年後の地球はどうやったら守れるだろう? 例えば,森林を守るということを考えてみる.森林を守れば,生物多様性を保全できるだろうし,地球温暖化の進行を抑えることも期待できるだろう.しかし一方で,人間が便利に住むことのできる土地は減り,増加する世界人口を養うために必要な農地開拓を抑止することにもなるだろう.森林を守ることの利益はどこにあって誰が享受するのか? 現地で生活する人間への負担や制限は他人が押し付けられるものなのか? というように,一つの問題に対していくつもの観点から考えて立ち向かうことが必要である.

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このプログラムではこのような多面的な問題について,学生が教員だけでなく企業,NPO,省庁といった社会人と同じテーブルを囲んで話し合う.学生は多様なテーマの社会問題を考えることになり,問題解決における現実的な事情を知ることができる.また,企業がインターンシップ(本プログラムでは「実学研修」と呼ばれる)を企画して,企業が実際に解決したいと思っている問題,例えば産業廃棄物の再利用や持続可能な海産資源の利用などを学生と一緒に考える研修も実施している.

社会に出る前の学生に(大学に残るつもりの学生にも),専門分野に限らない社会問題を考え,実際の問題解決に向けて取り組む機会が与えられている理由には,地球が抱える問題がより複雑になっていることがあげられる.森林保全の話にしても,生物多様性・気候変動・人口増加・食糧生産などの観点が絡み合っていて,森林についての専門性からのアプローチだけでは正しい解決策が見つかるものではない.問題を一つの専門から考えるだけでなく,関連する他の専門をもつ人たちと協調して解決策を考えていくコミュニケーション力が,これからの地球を守るためには必要になる.将来そのような多面的な問題解決のできる人材を育てることがOne Earth Guardians育成プログラムの目的である.

筆者もこのプログラムに参加している学生の一人だが,今のところ自分がそのような人材になっていくことの想像はついていない.しかし,これまでに自分と異なる分野を学ぶ学生と一緒にプレゼンをつくったり議論を交わしたりして違う専門に由来する考えを融合させていったことは,他者を知ることであり多面的に解決策を考えることだったと思う.

筆者の研究対象は,木材が分解されるときに働く酵素だ.木材という再生可能資源の高度な利用に資することを研究のモチベーションにしている.このプログラムで育成するのが「地球医」だとは言っても,本物の医者のように地球を治療できるようになるわけでない.だが,バイオマス利用によって化石資源の消費が不要な世界をつくり,以前よりだいぶ高い地球の「熱」を引かせることができるかもしれない.しかし温暖化の抑止は一人でやることではなく多くの人を巻き込んで解決すべき問題であり,そのために人をつなげることが地球医の役目である.

温暖化に限らず「100年後の地球はどうやったら守れるだろう?」という問題意識をもつ方や,この記事を読んで興味を持たれた方が100年後の地球を守るこの活動に巻き込まれるようなことがあれば幸いである.

小川裕太郎(東京大学/One Earth Guardians育成プログラム1期生)

※実験医学2019年12月号より転載

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