[Opinion―研究の現場から]

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本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第147回 日本国内で「プチ」留学する

「実験医学2022年9月号掲載」

英語で「電気泳動」を何というか? 正解は「electrophoresis」である.この単語は私が現在の研究室に所属して一番最初に訳せなかった英単語だ.ラボで毎日使うような英単語も日頃から使っていないとパッと出てこないものである.このような知識や英会話を習得するには留学という選択肢が一番最初に頭に浮かぶと思うが,大学院からいきなり海外留学という選択は多くの人にとってとりにくいのが実情である.そんな人に私がオススメしたいのが国内で「プチ」留学することだ.そこで,本稿では外国人研究室主宰者(PI)のもとでサイエンスを教わることでプチ留学経験を積むという選択肢を紹介したい.

私の所属する研究室はPIの先生がカナダ人,助教の先生がメキシコ人,博士研究員もそれぞれ異なる国から来ている人で構成されていて,あえて表現するなら「超グローバル研究室」になっている.もちろんラボの公用語は英語で,私がラボ生活で日本語を使う場面は基本的に日本人のテクニカルスタッフと話すときのみになっている.私はこのプチ留学経験のメリットは大きく3つあると考えている.1つ目は英語の使用が強制されることである.ラボで行う会議,メール,プレゼンのすべてが英語で運用されていることから,毎日英語を使う.これにより私の英語力も確実に伸びていると実感している.また,冒頭で述べたような研究で頻出する英単語が覚えられる.他の人がよく使う英単語を真似るだけで結構多くの単語が覚えられるのは大きなアドバンテージだと考える.2つ目は質問すること,されることが当たり前になることだ.日本人特有の質問することで感じる恥ずかしさは,当たり前に,当ラボにはない.むしろ質問しないことは聞いていないことに近いという雰囲気がある.私自身もラボメンバーに続いて質問しているうちに,自然と質問できる能力がついてきて,最近はラボの外でも一番最初に手を挙げることが増えた.もちろん,ラボミーティングでは逆に質問が来ることも多く,厳しい質問が英語で飛んでくる.このような経験が,学会で英語で発表する場合にも自信という形で自分を守ってくれる盾になる.最後に,国境が遠いものではなくなることである.基本的に先生から勧められる学会は国際学会であるし,共同研究先は海外のチームである.こういった空気のなかではどんどん海外に対する心の壁が低くなっていき,自然と海外志向も高まってくる.

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なぜ国内留学ではなくプチ留学と表現しているのかというと,日本にいる外国人PIは日本と日本人のことをよく理解している人が多く,不安が少なく過ごせるからである.私の指導教員は万が一のときは日本語で会話できるし,周りには日本人もいる.ラボに所属する時点で最低限の英語能力は求められると思うが,そのハードルは想像より低いものであることを強調しておきたい.またあくまで国内なのでホームシックになったとしてもすぐに家族や友人に会える精神的保険は個人的にとても大きい.

最後に,私は現在iPS細胞とゲノム編集というレッドオーシャンの研究分野にいる.iPS細胞を利用した疾患モデリング技術とスクリーニング技術に興味があり,今の大学院と研究室を選んだ.この分野で活躍するには激しい競争を勝ちぬく必要があると思うが,今蓄えている「国内でのグローバル経験」を武器として,日本から世界へiPS細胞の可能性をいち早く発信できるように今後も邁進していく.

丹羽 諒(京都大学大学院医学研究科・京都大学iPS細胞研究所 未来生命科学開拓部門 Woltjen研究室)

※実験医学2022年9月号より転載

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本記事の掲載号

実験医学 2022年9月号 Vol.40 No.14
代謝調節の立役者 分岐鎖アミノ酸
骨・骨格筋・脂肪組織の恒常性、がん進展を司るエネルギー源・シグナル分子としての新機能

伊藤貴浩/企画
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