[Opinion―研究の現場から]

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本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第158回 合成生物学で知性は再構成できるか?

「実験医学2023年8月号掲載」

合成生物学はコンピューターや制御工学の力を借りて「仮説を論じるために生命体を創ってみる」スタイルの学問である.もともと私は電子回路を設計,マイコンで制御してニヤニヤしていた学生で,大学では汎用人工知能など,意思決定を自律的に行う主体をつくることをめざして機械学習などを学んでいた.しかし,iGEM(International Genetically Engineered Machine)competitionという「合成生物学版ロボコン」国際大会への参加を経て,設計通りの生命体「そのもの」を実装するという手法に強い興味を惹かれ,合成生物学研究の世界にのめり込んだ.そして今ではピペットマンとコンピューターを両手に扱う生活を送る修士1年生である.

私が思う合成生物学の面白さは,社会実装への応用研究のみならず,研究者がもつおのおのの生物学的問いに「生命体を創ってみる」構成論的アプローチで対峙できる理学的な側面の存在にある.そして合成生物学の理学的意義は,生命体の中から特定の現象を抜き出し,単純化して表現し直すツールとして利用できることだ.

例えば,ガリレオやニュートンがずっと木の葉を地面に落とし続けていたら落体の法則を定式化することはできなかっただろう.彼らは球体を使用して,空気抵抗などの影響を排除し,系を単純化したからこそ物体が重力に引っ張られる様を簡単な数式で表現できたのだ.物理の世界と同様,生命体も複雑なシステムの相互作用により成立しているが,これらのなかから単純化した系を再構成,動作解析することで,生命システムの要素を定量的に観測,時には定式化できる.さらには単純化した系を組み合わせ,実世界における複雑なシステムを再構築し,一定程度の理解,シミュレーションが可能な存在にできることも構成論的アプローチの真骨頂である.

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また,合成生物学のアプローチは,数多の生物学的な定義に疑問を投げかけることもできる.研究者は生命体の構成要素を分解,再構成または改変し,「生命体らしい存在」,「ありえた姿」を創り,究極的には「生命とは何か」という問いに対する既存の答えにアンチテーゼを提供する.合成生物学の構成論的アプローチにおいては明確な箇条書きの定義がない問いに対して,グラデーションのなかで多様な視点からのおのおのの定義を実例とともに提案することができるのである.

私はこのアプローチに基づき,「知性とは何か」という問いに対峙しようと思う.

多くの人は自分たちには知性があると自認している.知性を「知能とよばれるような複雑な情報処理を状況に応じて能動的に利用する創造的なしくみ」とすると,そのしくみがどれほど複雑で創造的であれば,知性と言えるのか.イルカもイヌもカブトムシも,きっと知性をもっているだろう.一方,外部環境に応じてさまざまな行動変容を見せる微生物や,特定の刺激に対する学習能をもつ植物たちは知性をもっているだろうか.また,多くの人は脳という器官での電気信号の連鎖的で複雑な伝達に知性が司られていると感じている.では,生命体を維持,制御する複雑な生体分子ネットワークは知性を司っていないのだろうか.合成生物学的な手法は現在主流の情報科学的な知性の実装アプローチとは異なり,人が知性をもつと認知する生命システム,認知しない生命システム「そのもの」を要素分解,再構成,改変することで,知性/非知性のファジーな境界領域に位置する「知性らしき存在」を探索する力をもっている.その境界領域でそれらを物理法則のように定式化し,「知性」を設計,制御できるようになる日に思いを馳せながら,今日も研究室で一人ニヤニヤしている.

奥田宗太 (早稲田大学大学院 先進理工学研究科 電気・情報生命専攻)

※実験医学2023年8月号より転載

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本記事の掲載号

実験医学 2023年8月号 Vol.41 No.13
がん治療標的の新星 スプライシング異常
non-coding領域、スプライシング因子の変異から挑むがんの病態解明と創薬

吉見昭秀/企画
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