2020年Japan Prize受賞者Svante Pääbo博士に訊く 古代人ゲノムが見せるヒトの過去・現在・未来

2022年10月,ノーベル生理学・医学賞がSvante Pääbo博士(マックス・プランク進化人類学研究所/沖縄科学技術大学院大学)に贈られました.ご受賞の祝福を込めて,本ページでは実験医学2020年5月号に掲載された,Pääbo博士のインタビュー記事を全文公開いたします.Pääbo博士のこれまでの研究の過程や研究への向き合い方を,ご一読いただけましたら幸いです.(編集部)

<本特別記事について>

ポール・ゴーギャンの絵画『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』のタイトルに象徴されるよう,生物学における最も大きなクエスチョンの1つは,我々ヒトは進化の過程でどのように誕生したのかということです.古人類学の分野では,かつては発掘された古代人類の骨格をもとに,形態学的な考察が加えられてきました.しかし形態から得られるデータには限界があります.

ドイツのマックス・プランク進化人類学研究所所長のSvante Pääbo(スヴァンテ・ペーボ)博士は,古代人の骨片や歯に遺されたDNAの塩基配列を解読するという新たな手法を古人類学に導入し,多くの概念を提唱してこられました.1997年にはネアンデルタール人のミトコンドリアDNAの塩基配列の決定に成功し,ネアンデルタール人は現生人類の直系の祖先ではないことを明らかとしました1).その後,核DNAの全ゲノム配列の解読にも挑戦し,2010年,その配列を報告しました2).得られた配列からは,現生人類ゲノムの1〜4%はネアンデルタール人と共通であり,それゆえ現生人類とネアンデルタール人との間で交雑があったことが明らかとなりました.またロシアのデニソワ洞窟より出土した歯や骨に同じ手法を適用したところ,得られた塩基配列からは新たなグループの古人類が存在することが明らかとなり,これをデニソワ人と命名しました3)

Pääbo博士は,PCRや次世代シークエンサーなど分子生物学の手法をいち早く古人類学に導入し成果を挙げてこられました.しかし古代人DNAの解析においては,長い年月を経てDNAが分解・断片化し,また化学修飾も変化していることから,解析は困難を極めました.その過程では堅牢なデータを得るために,抽出法の工夫,クリーンルームの設置,複数研究室での確認など,誤ったデータの取得(その多くは現生人類DNAの混入に由来する)を防ぐための数々の工夫を行ったと述べています4)

2020年2月4日,公益財団法人国際科学技術財団は,2020年(第36回)Japan Prize(日本国際賞)の「生命科学」分野受賞者にPääbo博士が選ばれたことを発表しました.受賞業績は「古代人ゲノム解読による古人類学への先駆的貢献」です.この度実験医学では,発表に際してPääbo博士が来日されたのにあわせ,博士のこれまでのご研究の過程や,研究への向き合い方,今後の展望などをお伺いしました.皆さまの研究のヒントとなりましたらこの上ない喜びです.(編集部)

※本インタビューは2020年2月5日,他のメディアと合同のグループインタビューとして行いました.

文献

  • Krings M, et al:Cell, 90:19-30, 1997
  • Green RE, et al:Science, 328:710-722, 2010
  • Reich D, et al:Nature, 468:1053-1060, 2010
  • 「ネアンデルタール人は私たちと交配した」(スヴァンテ・ペーボ/著,野中香方子/訳),文藝春秋,2015
Svante Pääbo

受賞者略歴

Svante Pääbo (マックス・プランク進化人類学研究所 教授)

1955年スウェーデンに生まれる.’86年,ウプサラ大学にてPh. D.取得.チューリッヒ大学,カリフォルニア大学,ウプサラ大学を経て,1990年よりミュンヘン大学にてフルプロフェッサーとして研究室を主宰.ネアンデルタール人のミトコンドリアDNA配列を決定する.1997年,マックス・プランク進化人類学研究所を創立,所長(現在に至る).2010年,ネアンデルタール人の核DNA配列を決定し,現生人類に引き継がれていることを発見.同年には洞窟に遺された僅かな骨片より新たな人類「デニソワ人」の存在を報告.主な受賞歴は,生命科学ブレークスルー賞(2016年),慶應医学賞(2016年),日本国際賞(2020年).

分子生物学の手法で現生人類のルーツを明らかに

Pääbo博士はそれまで形態をもとに行われていた古人類学の研究に分子生物学の手法を導入され,現生人類の進化の核心に迫る多くの成果をあげられました.どのような考えから導入に至ったのですか?

個人的な経緯をお話しますと,私は子どもの頃から考古学,エジプト学に大変興味をもっていました.ですのでそういったテーマを大学で学ぶようになったのですが,その後関心の対象を変えました.考古学,エジプト学というものをロマンチックだと考えていたのですが,子どもの頃に想像していたほどではないというのがわかったからです.そして分子生物学をはじめました.ヨーロッパの博物館にはエジプトのミイラがたくさん収集されていたので,それらのDNAを解析するという新しい手法を適用するというのは,じつはそこまでかけ離れた考え方ではありませんでした.

PCRで増幅したDNAをつなぎ合わせて(ネアンデルタール人ゲノムの)配列を決定されました.このアイデアを思いついたときに成功する確信はありましたか?

当初はうまく行ったことも行かなかったこともありました.何かしらのヒトのDNAをエジプトのミイラから回収しバクテリアでクローニングして配列を決定したのですが,さまざまなことが明らかとなるにつれ,実は最初に決定した配列が間違っていたことが数年後にわかりました.学芸員のDNAがコンタミネーションしてしまっていたのです.その問題を克服するのには長い時間を要しました.コンタミネーション由来の配列を取り除くことで求めるDNA配列を導いたのです.それでもネアンデルタール人のDNAをきちんと回収できているか,長い間自信はありませんでした.やった!という喜びと,もうだめだ,という落ち込みとが何年にもわたって繰り返していました.

研究の転換点になったのはどのようなところですか?

技術による部分が大きいと思います.ハイスループットシークエンシングが使えるようになったのは非常にラッキーでした.この技術の登場によって,理論的にはネアンデルタール人の全ゲノム配列決定ができるようになったからです.そして配列決定の技術を開発し洗練させるという基礎的な研究に対して,5年間にわたりマックス・プランク研究所から資金を得たことも幸運でした.

博士の発見前後で,古人類学の研究はどのように変わりましたか?

もちろん大きな進歩は,私たちが,ネアンデルタール人やデニソワ人といった古代人類の高品質なゲノム配列を手にしたことです.これによって,現生人類がアフリカから出て世界各地に進出した過程で,ネアンデルタール人やデニソワ人との間で混血が起きたことがわかってきました().絶滅した人類のゲノムの多くの部分が,現生人類の中にも残っていたのです.現生人類の個々人に残さているネアンデルタール人の配列の断片を合算すると,もともとのネアンデルタール人ゲノムの半数近くが,いま2本足で歩いている現生人類の中に残っていることになるのです.またネアンデルタール人から分かれた大昔から現在までに起こった遺伝的変化の包括的リストも入手できました.さらに,現生人類が今から約50万年前にネアンデルタール人から分岐した後にどのような変異が起きたかということもわかってきました.最近では,例えば,(これらの変異を)iPS細胞などに導入することによって,機能的にどう影響するかを研究することもできるようになってきました.

現生人類(ホモサピエンス)とネアンデルタール人の間で混血があったのだとすると,これらは同じ種なのでしょうか? それとも違う種なのでしょうか?

「種」というのは非常に問題を伴いうる概念だと思います.とりわけホモサピエンスとネアンデルタール人について議論するときは,なおのことです.交配ができて,繁殖力をもつ子孫を生むことができる,という意味では(ホモサピエンスとネアンデルタール人は)1つの種といえるでしょう.しかし「種」という言葉に,すべての状況にあてはまるような普遍的な定義はありません.私がよく出す例は,例えばホッキョクグマとグリズリーという(2種の)クマです.彼らが野生で出会えば子孫が生まれ,その子孫が繁殖力を持ちます.この意味では,これらは1つの種となってしまいますが,これはばかげています.この2種は見た目も生息地もふるまいも違っているからです.ですので,生物集団の間の識別についてはいろいろなグラデーションがあるといえるでしょう.種というのはアカデミックの学者しか関心をもたないような不毛な議論です.もちろん,法的な文脈では種の定義が意味をもつことはあります.つまり法律には動物種の保護が謳われていますので,特定の種を保護するためには種の定義が必要です.しかし,あくまで政策上の問題であり,科学的な意味合いはないと思います.

配列決定の技術は今もなお進歩していますが,今後さらにヒトの祖先に関する発見は続くと思いますか?

はい,まったくそのとおりだと思います.私たちもそうですがほかの研究者たちも,DNAが断片化・分解されてごく少量しか遺されていないサンプルから抽出する技術を磨き続けています.最近では考古学的な堆積物,例えば骨すらも残っていないような発掘現場の土壌からDNAを抽出して,どのような集団が住んでいたかを推測できるようになっています.そのようなことがまだまだあると思います.

古代人類の配列がもたらす医学上のインパクト

現在進行中のプロジェクトでは現生人類についてどのようなことに関心をもっていますか?

私たちは,ネアンデルタール人やデニソワ人に由来するゲノムが,機能上どのような意味をもっているかに強い関心をもっています.現生人類にゲノムが残っているのはなぜか,ということです.今のところはネアンデルタール人のバリアントを調べています.英国バイオバンクでは約50万人のゲノム情報,臨床情報,表現型情報が蓄えられており,ネアンデルタール人バリアントとの関連を見ることができます.ネアンデルタール人の生理学を理解することによって,彼らの特徴がわれわれにどのような影響をもつかをみていきたいと思います.一方,デニソワ人についてはバリアントはあまりわかっていません.もしデニソワ人のバイオバンクも作ることができれば,同じように表現型と関連付ける解析ができるのではないかと考えています.

どのような機能に関心がありますか?

そうですね,どのようなものでも面白いと思います.その中でも特に興味をもっているのは,脳の発生と機能に関するものです.なぜなら現生人類をユニークにしているのは認知機能が他の生物と異なることと考えているからです.ネアンデルタール人が40万年くらいは存続していたのですが,その間人数の面では多くは増えていません.テクノロジーのレベルも,彼らの歴史の最後でもほとんど変わっていないようです.そして海を渡ることはなく同じ大陸にとどまっています.それに対して現生人類は数もどんどん増えテクノロジーも高度化し,主要な大陸だけではなく太平洋の島嶼国にも渡っているわけです.ということは何らかの認知や社会性に違いがあるのではないかと考えており,それを解明できるのが夢です.

そのためのアプローチはどのようなものですか?

3つのアプローチがあります.1つは,iPS細胞とゲノム編集により(現生人類の細胞にネアンデルタール人の変異を導入したときの)メタボロームをみて酵素機能の変化を推測することです.2つ目は実験マウスに対してヒトの変異を導入して個体レベルでの変化をみることです.3つ目は,現代人のなかでネアンデルタール人の変異を持った人をみることです.大きなコホートスタディにより,何十万人もの人のゲノムおよびその人の医学的あるいは健康の情報をみることが可能となっています.

ネアンデルタール人やデニソワ人の配列が残っていることは,現生人類に対して医学上どのような影響を与えるのでしょうか?

絶滅した人類から現生人類に受け継がれた遺伝的変異には2種類あることがわかっています.1つはネガティブなインパクトをもたらすものです.そのようなものの一定数は(進化の過程で)消滅しましたが,一方で残っているものもあり,疾患の感受性に影響します.一方で,ポジティブに選択されたものもあり,現生人類における頻度は増えています.その多くは免疫系に関連しており,おそらく感染防御にかかわるもの,例えばHelicobacter pylori感染への抵抗性と関連したものがあります.他の有名な例としては,標高の高い場所で生存する能力と関連した変異もあります.赤血球を増やすのとは別な方法で,より酸素を効率よく吸収できるようにするもの(編集部注:ヘモグロビン生成を調節するEPAS1遺伝子)で,今日のチベット人には80%のアリル頻度で見られるものです.これはデニソワ人に由来します.このように絶滅した人類から受け継がれている変異にはポジティブなものネガティブなもの,さまざまなものがあります.

疾患を考えるうえでの「進化」の重要性を先生の言葉でお教えいただけますでしょうか

もちろん非常に一般論的な言い方となりますが,私たちは現在の生活様式には適応できていない存在です.特定の病気,例えば2型糖尿病などは,生涯を通じて豊かで,ともすれば食事量が過剰になっている社会でしか起きていません.例えばドイツでは戦後すぐ(1946〜48年)には2型糖尿病はなかったといわれています,なぜならほとんど飢餓的な状況だったからです.そういう意味で,私たちは(豊かな状態に)適応不全だ,ともいえます.一方で,私たちはかつてないほど長寿かつ健康になっているということも忘れてはいけません.そういった意味では私たちはまったく正しいことをしているわけです.石器時代に戻った暮らしをしたい人はいないでしょう.ただし,代謝のしくみを理解する必要はありますし,例えば生活様式を変えることによってどうすれば糖尿病のような疾患を避けることができるかを理解するのは大事です.

もしこれから人類が進化するのだとすれば,どのような方向に進化するのでしょうか?

わかりません,というのがショートアンサーになります.文化の変化があまりにも早いので,生物学的な進化がほとんど意味を持たなくなっています.一般の方にお話しするときによく言うのですが,近年の子どもにとっては,交通量が増えて車に轢かれるという危険が高くなっています.しかし私たちは,子どもたちにもっと車を怖がるような遺伝子変異が登場するのを待っているわけではありませんよね.そうではなく横断歩道を作ったり,左右を見て気をつけましょうねと教えたり,と対応しているわけです.そのように対応することを,私たちは「進化」と呼んでもよいのかもしれませんが,生物学的なものとはまた異なります.

ゲノム編集技術が発展して人類が自らを作り変える可能性はあるでしょうか?

ある程度まではそうなるだろうと思います.もっとも,倫理をはじめとする様々な観点から,これは唾棄すべき考えとされるでしょう.in vitroにおいては,私たちの研究グループはヒトiPS細胞のゲノム編集を行い,祖先のネアンデルタール人と変わらないところまで “巻き戻し” て,組織培養における生理的な変化を研究しています.個人的には,生きているヒトに対するゲノム編集の唯一の考えられる用途は,深刻な病気に至る変異を除外することのみですが,それでも,テクノロジーがより正確で信頼性をもつところまで進歩するのを待たなければなりません.

厳しい競争のなか基礎研究を進める秘訣

実験の困難を乗り越える秘訣は何でしょうか?

グループでのコミュニケーションが非常に大事だと思います.私たちはグループミーティングを毎週開いて,全員のプロジェクトについて話し合っています.毎週のように出てくる問題について,解決法をみんなで探すのです.自分たちこそが自分たちにとって最も厳しい批判者となり,何が問題なのか,なぜうまく行かないのか,を見出すことを心がけています.

コンタミネーション由来など誤ったデータの取得を防ぐためにどのようなことを意識するべきでしょうか?

近年より感度のよいテクノロジーが登場し,よりコンタミネーションも起こりやすくなっています.例えば放射性炭素による年代特定もそうです.ごく微量な,より最近の炭素が混入すると,年代が誤って若く特定されることが起こりえます.わずか数年前までは,ネアンデルタール人が30,000年前に出現・・したといわれていました.しかし最近では40,000年前には絶滅・・したといわれています.これはコンタミネーションを避けられるよりよい分析方法が可能になったからです.存在しうるあらゆるエラーの源,特に分析系に混入しうるごく微量の予想外の分子,を考えることが鍵だと思います.

長いスパンの研究で成果を出すために大切なことは何ですか?

もちろん必要なのは,諦めないこと,これは可能だと信じることですね.一方で研究における最大の問題は,どんな場合に方向性を転換するかを知る,ということかもしれません.すなわち今のアイデアが不可能といつ見極めるのか ― 全然うまくいかないことを続けるほど頑固すぎてもだめなわけです.つまり諦めないことと頑固すぎるということは,最大のジレンマかもしれません.しかも早く諦めすぎたのではないか,というのは(後から振り返っても)誰にもわかりません.

日本では出口志向の高まりを受け,「その研究は何の役に立つのか」という質問への回答に悩む研究者も少なからずおられます.古人類学を牽引された博士のご経験から回答へのヒントをいただけますでしょうか.

基礎研究は「文化的な努力(cultural endeavor)」といえると思います.過去の世界のことを学びたい,宇宙のことを知りたい,という気持ちをもって研究を進めるべきだと思います.また,ときには現実への応用が思い浮かぶこともありますが,私たちがネアンデルタール人のゲノムを研究しているのは私たちがどこから来たのかを知りたいからだ,洞窟を発掘した化石から過去のことを知りたいからだ,興味からなのだと言ってしまって全体としてはよいのだと思います.

最後に,新しい分野を切り拓きたいと思う日本の読者にメッセージをいただけますでしょうか.博士は研究室の電子レンジでレバーを加熱した秘密実験4)がきっかけだったのですよね.

教授の目を盗んで何かをやれ,というのがアドバイスになるかは分からないのですけれども(笑),なんとかして自分の関心がもてることを見つけましょう,そして楽しいと思えることをやりましょう.そうすれば少なくとも,やっている間は楽しむことができますし,そこから興味深い新しい知見が生まれることもあります.研究室を主宰する人にとっては,学生が思いついたクレイジーなアイデアで,あなたは絶対に成功しないと思うようなものに対しても試す余地を,時間やお金でいえば10%くらい残しておくことは重要かもしれません.

数々の貴重なお話をありがとうございました.

(執筆:実験医学編集部 早河輝幸)

謝辞

取材にあたりまして,公益財団法人 国際科学技術財団にご助力を賜りました.この場を借りて深謝いたします.

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