特別記事:バイオ研究施設の震災対策―熊本地震における実験動物施設の被災・復旧からのレッスン

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平成28年4月14日(木)および16日(土),熊本県は震度7の強い地震に襲われました.震度7の地震が2回連続で起こった例は,日本の観測史上例がなく,当施設〔熊本大学生命資源研究・支援センター 動物資源開発研究施設(CARD)〕でも建物や高額精密機器などに大きな被害を受けましたが,関係者の必死の努力によって,飼育中の遺伝子改変マウスやこれらマウスの凍結胚・精子,また,主要な実験機器を無事に守ることができました.本稿では,当施設の事前対策と被害状況から得られた教訓を紹介します.災害への危機管理意識を持つきっかけとなることを願っています.

〔特別に記載のない限り,誌面に掲載の情報(2017年7月掲載)をそのまま掲載しております〕(編集部)

平成28年4月14日(木)および16日(土),熊本県は震度7の強い地震に襲われました.震度7の地震が2回連続で起こった例は,日本の観測史上例がなく,当施設〔熊本大学生命資源研究・支援センター 動物資源開発研究施設(CARD)〕でも建物や高額精密機器などに大きな被害を受けましたが,関係者の必死の努力によって,飼育中の遺伝子改変マウスやこれらマウスの凍結胚・精子,また,主要な実験機器を無事に守ることができました.本稿では,当施設の事前対策と被害状況から得られた教訓を紹介します.災害への危機管理意識を持つきっかけとなることを願っています.

はじめに

現在,遺伝子改変マウスは生命科学および医学の研究になくてならないものになっており,ゲノム編集技術の台頭と相まって,その数は爆発的に増えつつあります.

熊本大学生命資源研究・支援センター 動物資源開発研究施設(CARD)は,遺伝子改変マウスの作製,保存,供給,データベース構築,これらを実施するために必要な飼育・管理設備を備え,従来の動物実験施設としての役割をも担うことを目的として設置され,現在,多くの遺伝子改変マウスを飼育,また,それらの凍結胚・精子を保有しています.

昨年4月,熊本県は未曾有の大地震に見舞われ,CARD もかなりの被害を受けましたが,最悪の事態を免れることができました.地震発生から業務が完全に復旧するまでにさまざまなことが起こり,その対応に追われましたが,事前対策とスタッフ全員のチームワークにより,本震後わずか1週間で復旧作業を完了することができました.本稿では,熊本地震におけるCARDの被害状況,事前対策および教訓・今後の対応などについて,述べたいと思います.

日頃より実施してきた災害対策と熊本地震による被害状況

1. 建物・ライフライン

当施設は築18年を経過し,老朽化が進んでいましたが,建物全体を定期的にチェックし,日頃から細部にわたり修理していたお陰で,被害を最小限に押さえることができました.被害状況は,建物全体に外装タイルのはがれ・落下,内装材・内部コンクリート壁に亀裂・割れが生じましたが,構造上の問題はありませんでした.しかし,マウス飼育施設は,高層階(7~10階)に設置されていることから,7階では洗浄室天井内蒸気配管の蒸気ドレン漏れ(複数),また,10階では機械室空調機冷水管の傾き変形,機械室空調機蒸気配管の蒸気漏れ,壁破損・床損傷(2部屋)および屋上では空調機蒸気配管の蒸気漏れ(4カ所),ストレージタンク蒸気配管の蒸気ドレン漏れが発生しました.

私たちは事前に,水道,ガス,電気の3つのどれかが1つでも長期間停止すれば,動物飼育室のSPF環境は維持できず,多数の飼育動物が犠牲になることを『東日本大震災 東北大学動物実験施設報告書』から学んでいました.ガスと電気はどうしようもありませんが,水は貯水することが可能です.幸い,ガスと電気は比較的早く復帰しました.さらに,水道水と地下水を臨機応変に利用することで,水を十分確保する対策を考えていましたので,動物の飲料水が不足することもなく,飼育室のSPF環境が良好に維持することができました.その他,事前の餌や床敷き等の備蓄対策も行っていたことにより,マウスを正常な環境で安全に飼育することが可能でした.

2. 機器

2011年の東日本大震災を教訓に,実験室や居室に設置していた主要機器やラック・棚等には,できる限りの防災対策を講じていました.具体的には,ラック・棚への突っ張り棒やL字型金具のとり付け,顕微鏡や培養器のワイヤーでの固定,炭酸ガスボンベ等の架台をボルトで床に固定するなど,種々の防災対策を行っていました(写真1),

10階に設置していた高額機器(2台)は転倒により(写真2),破損,修理を必要としましたが,実験室内の主要な機器やラック・棚等に関しては前述の事前防災対策により,ほとんど被害はありませんでした.

3. 飼育マウス

当施設で飼育しているマウスは,ほとんどが遺伝子改変マウスですので,飼育スタッフが毎日,飼育室およびケージ内の観察をすることはもちろんのこと,飼育室入り口にはネズミ返し,各フロアーには監視カメラを設置,飼育室から建物の入り口まで7つのドアがあり,マウスの逸走を回避するために万全の対策を講じていました.

高層階で飼育していた約3万匹のマウスのうち,死亡個体はわずか55匹でした.一方,ラックやケージの転倒・落下により(写真3),501匹のマウスが飼育室内に逸走,上層階になるにつれてその数が多くなりました(8階:14匹,9階:219匹,10階:268匹).しかしながら,前述の事前対策によりそれらマウスはすべて飼育室内で捕獲され,飼育エリア外に逸走したマウスは皆無でした.また,飼育実験中の遺伝子改変マウス系統の約60%において,事前に胚/精子の凍結保存がなされていたこと,さらには捕獲された逸走マウスを安楽死させる前に,利用者の要望に応じて精子の凍結保存を実施したことは,重要なマウス系統のバックアップ対策としてきわめて有用であったと感じました.

4. 凍結胚・精子

地震発生当時,12台の大型液体窒素タンクからなるセルバンクシステム(地下)(写真4)および5階実験室の中型液体窒素保管容器(20台)内に膨大な数の遺伝子改変マウスの凍結胚・精子を保管していましたが,セルバンクシステムに全く異常はみられず,また,5階の中型液体窒素保管器についても,転倒や保管器内の液体窒素量が激減することもなく,実質的な保存試料(凍結胚,精子)への影響はありませんでした.

地震発生後もセルバンクシステムについては,毎日,液体窒素貯槽内圧力,液体窒素残存量,本弁/安全弁,ガスの漏洩等のチェックを行っていました.また,中型液体窒素保管容器についても,1週間に一度,内部の液体窒素の残存量をチェック,定期的に(1回/2週間),液体窒素の補充を行っていましたので,内部に保管されていた遺伝子改変マウスの凍結胚・精子が解凍してしまうことはありませんでした.

5. 復旧対策・コミュニケーション

緊急時には,スタッフ全員が情報を共有することが大切です.そのためには,日頃から利用しているメーリングリストへのメール配信,SNS,LINE,電話等で情報を発信・共有したことが,きわめて役立ちました.また,ミーティングは手短に要点のみを伝えることが効果的でした.余震が続く中,高層階でのそれぞれの作業は大変な危険を伴うため,1日2〜3時間程度と限られていましたが,学生も含めた約60名のスタッフにより,迅速かつ効率的な作業が遂行され,余震から1週間という短期間で極めてスピーディーに当研究施設を復旧させることができました.まさに全員の日頃のコミュニケーションとチームワークの賜であったと思います.

熊本地震から得られた教訓・今後の対策

1. 防災器具の保存場所の周知

防災器具(ヘルメット,懐中電灯,軍手等)は備えていたものの,すぐにとり出せる場所に置いておかなかったため,使用できないものがありました.一番大切なヘルメットを飼育室の倉庫の一番奥に押し込んでいたため,手前に倒れた機材等が邪魔になり,取り出せませんでした.防災器具は,いざと言うときに使えないと意味がないので,すぐにとり出せる場所に置いておき,その保管場所を全員に周知しておくことが重要であると思いました.

2. 本震は,1度とは限らない(本震が前震になることもある)

4月14日(木)の震度7の激震が本震と誰しもが思いました.翌日(15日)の後片付けの疲労感から,また,15日は金曜日であったため,安心してぐっすりと寝入ってしまった方も多かったと思います.しかし,その夜(16日夜中),同じ震度7でもさらに強い激震に見舞われ,14日の本震と思われたものが前震になり,16日の激震が本震となりました.また,その後,1週間程度は震度4以上の地震が断続的に続きました.強い地震が起こった場合,その後の余震には十分に注意することが大切であることを痛感しました(なお,余談でありますが,「余震」と言う言葉は,「本震後に起こる一回り小さい地震」と誤解を受けやすいことから,今後,気象庁は「余震」と言う表現は使わないと発表しています).

3. 関係者間でのコミュニケーション

日頃から利用しているメーリングリスト,SNS,LINE,電話等で情報を発信・共有することが,関係者のチームワークを保つためにきわめて役立ちました.しかしながら,非常時の携帯電話はなかなかつながらないことも多く,一部の関係者とは2〜3日全く連絡がとれないケースがあったことから,前述の複数の手段で情報を発信・共有することが大切だと言うことも教訓として学びました.また,頻繁に起こる余震のなかで種々の作業をスピーディに行わなければならなかったことから,ミーティング等も手短に要点のみを伝えることがポイントだと思いました.

4. 利用者のルール/マナー・情報モラル厳守の徹底

前震の翌日の午前中,飼育室エリアへの入室を禁止しましたが,メールや入り口への張り紙で通知したにもかかわらず,入室した利用者がいました.また,本震後には,自分が入れないのであれば,「私のマウスには特殊飼料・水を与えて欲しい」とか,「私のマウスがどうなっているのか,見てきて欲しい」とか,さまざまな問い合わせが寄せられました.利用者の気持ちも理解できるのですが,利用者への「非常時の動物実験施設としての対応」について,あらかじめルールを決め,動物実験委員会の教育訓練等で説明,理解していただくことも必要であると痛感しました.

5. 高層階での動物の飼育のメリット・デメリット

高層階での動物飼育は,動物の臭いが高層で拡散することから,建物の低層階や周囲に影響を及ぼさないという長所があります.また,洪水等の災害から飼育動物を守ることができます.一方,地震などによる災害では,高層階での作業が困難になることが多くなります.身の安全を確保しながら,いかに給餌・給水,飼育室の清掃やそのSPF環境を維持するかが大きな問題となります.また,エレベーターが停止した場合,餌や床敷きなどの飼育関係の物資をどのようにして高層階へ運搬するか,さらには,飼育マウスの維持が不可能になった場合,それらマウスをすみやかに安楽死させる方法など,事前にその対策を考えておく必要があると思われます.

まとめ

東日本大震災の教訓より事前に対策を行っていた状況にて,実際に震災を経験して感じた,特に重要度の高い対策について表にまとめました.webページより誰もがダウンロード可能な『東日本大震災 東北大学動物実験施設報告書』も合わせてご参照ください.なお,これをしとけば大丈夫というリストではなく,今回のケースにおいて感じたぜひ優先的に進めて頂きたい対策のリストですので,その点ご留意ください.

おわりに

日本列島には,周辺の海底も含めて多くの活断層が刻み込まれており,現在,日本全国で約2,000カ所以上あることが知られています.また,最近では,活断層のない地域でも大きな地震が起きていることから,日本全国どこでも大地震が起きる可能性が指摘されています.現在,国立,公私立の主な大学や研究所には,約250施設の実験動物施設が設置されており,きわめて多くの遺伝子改変動物が飼育されています.本稿が今後起こるかもしれない大災害への動物実験施設における危機管理として,また全国のバイオ研究施設で働く研究者,スタッフの方々の日頃の震災対策の参考になれば,幸いに思います.

なお,スタッフの反省点・意見・感想等を含む詳細な報告書は,以下のURLからダウンロード可能です.

—熊本地震−熊本大学生命資源研究・支援センター 動物資源開発研究施設(CARD)報告書

参考ウェブサイト

東日本大震災 東北大学動物実験施設報告書

著者プロフィール

中潟直己
大学時代から40年以上にわたり,マウスの生殖工学に関する研究(体外受精,胚・精子の凍結保存等)を行っています.1998年からは熊本大学生命資源研究・支援センター 動物資源開発研究施設(CARD)において,マウスの飼育とマウスバンクの管理運営に従事しています.また,これまで開発してきた生殖工学技術を普及させるため,マニュアルの作製(日本語,英語,中国語,韓国語,スペイン語およびフランス語版)や国内外で50回以上の技術研修会を行っています.
本記事の掲載号

実験医学 2017年7月号 Vol.35 No.11
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