レジデントノート:心不全治療薬 病態別のさじ加減〜こんな時どうする? 悩みがちなケースでの薬の導入・調整のコツ
レジデントノート 2024年3月号 Vol.25 No.18

心不全治療薬 病態別のさじ加減

こんな時どうする? 悩みがちなケースでの薬の導入・調整のコツ

  • 佐藤宏行/編
  • 2024年02月09日発行
  • B5判
  • 170ページ
  • ISBN 978-4-7581-2712-7
  • 定価:2,530円(本体2,300円+税)
  • 在庫:あり
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特集にあたって

特集にあたって

佐藤宏行
(東北大学病院 循環器内科)

 心不全パンデミックの到来

心不全は,2030年の推定患者数が全国で130万人を超える見込みとなっており,その生命予後(生存率)は,悪性疾患(5年生存率64.8%)よりもさらに不良(4年生存率55.7%)であることがわかっています.悪性疾患は徐々に早期発見・治療で克服できる時代となりつつありますが,それらを “乗り越えてきた” 後期高齢者の多くが,今度は脳卒中を含む循環器疾患などの慢性臓器障害によって生活の質(quality of life:QOL)が低下し要介護状態が長く続くため「健康寿命」の延伸が課題となっています.医療・介護にかかるコストも多額であり,社会経済的にも問題視されており,その中核にある病態が「心不全」です.高齢化が進むことで生じるこれらの状況を克服するために,2019年に脳卒中・循環器病対策基本法が施行され,日本循環器学会と日本脳卒中学会は「脳卒中と循環器病克服5ヵ年計画」として,各自治体での連携体制の確立や,心不全療養指導士認定制度の設立などを推進してきました.

医療者である私たちは,今後続くであろう「心不全パンデミック」に立ち向かっていかなければなりませんが,医師に関しては本邦の循環器専門医(約15,000名)だけでは到底歯が立たないので,プライマリ・ケアを支える非専門医との協力も不可欠となっています.研修医の皆さんにおいては,内科ローテーション中はもちろんのこと,外科でも心不全合併患者の周術期管理を担当するなど,さまざまな場面で「心不全」に触れる機会はきっと多いでしょう.本特集では,「病棟の最前線を担う研修医の皆さんが心不全患者を担当したときに押さえておくべきポイント」,「心不全治療薬を導入・継続するためのマネジメント」,「心不全患者の退院後や周術期管理での留意点」などのテーマを,U-40心不全ネットワークを中心に活躍する新進気鋭の若手循環器医に執筆していただきました.

 心不全治療のパラダイムシフト
〜3種の神器からFantastic Fourへ〜

心不全治療は,ここ数年で他分野では類を見ないほど目覚ましい進歩(パラダイムシフト)を遂げています.ここで薬物治療の歴史を少し紐解いてみましょう.1980年代までは強心薬(ジゴキシン)で “心臓を叩く” か,利尿薬により “水分を引く” という対症療法しか選択肢がありませんでした.1986年に発表されたCONSENSUS試験1)において,神経体液性因子であるレニン-アンギオテンシン系を抑制するアンギオテンシン変換酵素(angiotensin converting enzyme:ACE)阻害薬(エナラプリル)が,無投薬と比較してはじめて全死亡を抑制し,より上流にある心不全代償機転へのアプローチが注目されました.1990年代には,β遮断薬とミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(mineral corticoid receptor antagonist:MRA)の併用で,さらなる死亡や心不全入院を抑制する効果が証明され2),心機能の改善(リバースリモデリング)が可能となりました.これら3剤の併用療法( “3種の神器” )が2000年以降,心不全薬物治療の第1選択となっています.

この歴史に一石を投じたのが,2014年に発表されたPARADIGM-HF試験3)ARNI(angiotensin receptor neprilysin inhibitor)です.この試験でARNIは従来の標準治療薬であるエナラプリルと比較して,20%の心不全入院・心血管死を抑制し,ACE阻害薬に代わる20年ぶりの新薬の登場に世界が注目しました.そして,2020年のEMPEROR-Reduced試験4)と2019年のDAPA-HF試験5)では,これまで糖尿病治療薬として用いられていたSGLT2(sodium-glucose cotransporter 2)阻害薬が,非糖尿病患者を含む心不全患者に対して追加投与することで心不全入院を約25%抑制し,“4剤め”の地位を確立しました.ARNIとSGLT2阻害薬を新しく迎え入れた “Fantastic Four” が2024年現在の標準治療となっています.さらにイバブラジンやベルイシグアトといった新しい薬剤も特定の条件下での併用でさらなる予後改善効果6)が注目され,この数年でガイドラインが一気に改訂される潮流を迎えています(米国7),欧州8)).これらの「ガイドラインに準じた至適薬物治療(guideline-directed medical therapy:GDMT)が適応となる患者に適切に届いているか」が患者の長期予後を規定することは紛れもない事実となりました.

本特集ではそれぞれのGDMTの基本的知識や,よく遭遇する病態別での使い分け・注意点・Tipsを各稿でとり上げています.研修医から学べる “心不全診療の基本” をぜひ感じとっていただき,明日から早速「心不全パンデミック」にともに立ち向かう仲間に加わっていただけると嬉しい限りです.

引用文献

  • CONSENSUS Trial Study Group:Effects of enalapril on mortality in severe congestive heart failure. Results of the Cooperative North Scandinavian Enalapril Survival Study (CONSENSUS). N Engl J Med, 316:1429-1435, 1987(PMID:2883575)
  • Cole GD, et al:“Triple therapy” of heart failure with angiotensin-converting enzyme inhibitor, beta-blocker, and aldosterone antagonist may triple survival time:shouldn’t we tell patients? JACC Heart Fail, 2:545-548, 2014(PMID:25301161)
  • McMurray JJ, et al:Angiotensin-neprilysin inhibition versus enalapril in heart failure. N Engl J Med, 371:993-1004, 2014(PMID:25176015)
  • Packer M, et al:Cardiovascular and Renal Outcomes with Empagliflozin in Heart Failure. N Engl J Med, 383:1413-1424, 2020(PMID:32865377)
  • McMurray JJV, et al:Dapagliflozin in Patients with Heart Failure and Reduced Ejection Fraction. N Engl J Med, 381:1995-2008, 2019(PMID:31535829)
  • Tromp J, et al:A Systematic Review and Network Meta-Analysis of Pharmacological Treatment of Heart Failure With Reduced Ejection Fraction. JACC Heart Fail, 10:73-84, 2022(PMID:34895860)
  • Heidenreich PA, et al:2022 AHA/ACC/HFSA Guideline for the Management of Heart Failure:A Report of the American College of Cardiology/American Heart Association Joint Committee on Clinical Practice Guidelines. J Am Coll Cardiol, 79:e263-e421, 2022(PMID:35379503)
  • McDonagh TA, et al:2023 Focused Update of the 2021 ESC Guidelines for the diagnosis and treatment of acute and chronic heart failure. Eur Heart J, 44:3627-3639, 2023(PMID:37622666)

著者プロフィール

佐藤宏行(Hiroyuki Sato)
東北大学病院 循環器内科
専門:不整脈合併の心不全治療(薬物治療,カテーテルアブレーション,デバイス治療)
心不全診療こそ「木をみて森をみる」包括的な視点が必要です.後期研修医のときにU-40心不全ネットワークのフェローコース(年1回開催される “合宿” )に参加したことがきっかけで,全国の多様な分野で活躍する同世代とつながることができ,互いを高め合える “仲間” ができました.心不全や循環器に興味のある研修医の皆さん,幹事一同,お待ちしています.
●U-40心不全ネットワーク
公式ホームページ:http://u40hf.com
X(旧Twitter):@U40HF

日本循環器学会ダイバーシティ推進委員会Next Generation部会は,循環器学を志す医学生・研修医など若手世代を応援しています.学会公式Youtubeチャンネルで医学生・研修医向け「Best Teacher Series」を運営しています.心電図・心不全シリーズが続々と配信しております.ぜひ一度ご覧ください!
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