特集にあたって 特集にあたって検査結果から逆に考えていませんか? 上原由紀(藤田医科大学医学部 感染症科) 医学部における臨床実習はしだいに実践的となってきていますが,それでも研修医の皆さんは,医師免許をもって担当患者さんに診断や治療を行うことは実習とは真剣度が全く異なると感じていると思います.輸液の処方,感染症への対応,そして臨床検査の上手な利用法を身につけることは,研修医時代に1つハードルを越えておく必要がある事項で,将来どの領域に進むにしても重要な基礎力だと私は考えています.そのなかでも臨床検査の上手な利用法は卒前に習得が困難なことの1つですが,診療においては大きな比重を占めるため,初期研修の時期にぜひとも実際的な勉強をしておいていただきたいと思います. 臨床検査の利用法を学習する方法として,RCPC(reversed-clinicopathological conference)があります.もしかすると学生時代に経験したという方もいるかもしれません.RCPCは年齢,性別とごく簡単な病歴と検査結果からその患者さんの病態や診断を推測するという学習法で,検査項目の一つひとつを丸暗記するのではなく,それぞれの関係性も含みながら意義と限界を学ぶことができます.診断を当てるクイズではないため実際の患者さんとは異なる結論が出ることもありますが,これは患者さんの病歴や身体所見がないと臨床検査の有用性が発揮できないというRCPCの重要な学習ポイントでもあります. さて,臨床検査は電子カルテ上で項目をクリックさえすればいくらでも実施できてしまうという,思考停止の誘惑が多い領域です.皆さんは日々の診療のなかでRCPCをしてしまっていないでしょうか? 思いつく検査を手当たりしだいに実施して,検査結果から逆に考えていないでしょうか? 適切な検査オーダーには検査前確率の見積もり,すなわち鑑別診断とその優先順位付けが不可欠です.研修医の皆さんには,鑑別診断とその優先順位付けをきちんと行ったうえで,丁寧に検査オーダーをする思考回路と習慣を身につけていただきたいと思います.これらの思考回路を経ずにオーダーした検査結果からは患者病態の誤った把握が起こり,診療自体に悪影響を与える可能性があります.病院では診療効率化のためにセット検査を利用する場合がありますが,最初からこれを用いる習慣をつけてしまうと,必要な項目が抜けてしまったり,あるいは意義の低い検査を多数行ってもそれに違和感を感じない医師になってしまいます.セット検査は,先に述べたように丁寧な思考回路を経たうえで利用可能であれば利用するというスタンスでとらえておいてください. 本特集は,研修医が救急外来や初診外来で遭遇する機会が多い症候について,症候学,鑑別診断,検査項目をバラバラに学ぶのではなく,病歴,鑑別診断から検査オーダー,そして診断を一連のものとして学んでもらうことを目的として企画しました.執筆してくださっているのは,豊富な臨床経験と堅牢な思考過程をおもちで,かつ指導医として研修医に近い立ち位置で日々仕事をされている先生方です.救急外来あるいは初診外来で研修医がよく遭遇する,あるいは見逃してはならない症候の症例をあげていただき,検査の前に鑑別診断をあげてどのように優先度をつけているか,鑑別診断に基づき,検査の迅速性や保険診療上の制限なども加味したうえでどのように検査計画を立てるのか,そして鑑別診断と優先度,検査結果が揃ったときに,どのように解釈し患者さんへの治療に至るのか,という,すべてが結びついて無駄なく流れていく診療の過程を披露していただいています.研修医の先生方が本特集を読んで臨床検査の上手な利用法を身につけるきっかけを得ていただければ幸いです. 著者プロフィール 上原由紀(Yuki Uehara) 藤田医科大学医学部 感染症科 臨床検査医学,感染症,総合診療と,さまざまな立場で診療を行ってきましたが,互いに関係性の深い領域で,どの経験も無駄になっていません.皆さんも若い間は広く興味をもって勉強してもらえればと思います.