第6回「臨床栄養講座で勝手に索引!」|Dr.ヤンデルの 勝手に索引作ります! Season 2

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臨床栄養講座で勝手に索引!

総合診療ブラザーズの臨床栄養講座

総監修/山田悠史,
企画・協力/松本朋弘 小澤秀浩

定価3,850円(本体3,500円+税) A5判 210頁 丸善出版

総合診療ブラザーズの臨床栄養講座

先日,京都のとある書店で,近畿大学皮膚科の大塚篤司教授と対談をした.その席で彼は,どういう話の流れだったか,とにかく,こんなことを言った.

「外来でぼくが患者さんと話す時間なんてさ,患者さんの日常の何千分の一にも満たないんだよね.これをやるといいです,あれはやらないほうがいいですと患者さんに伝えて,その場では納得してもらえたとしても,家に帰った患者さんはたぶんまた検索をして,ぼくらとは違う意見を目にして,迷ったりする」

なんだかずっと頭に残っている.

ずっと友だちでいることをズッ友と呼ぶように,ずっと脳裏によぎり続けることをズッ頭(ずったま)と呼ぶ.あの日以来,大塚はズッ頭である.

ズッ頭のことは忘れてもらっていいが(うそだから),患者と医療者との関係において,医療従事者が患者にコミットできる時間なんてごくわずかしかないということを,近頃は本当にずっと考えている.

そんな折に,本書を見つけた.

正直に述べると,決してモチベーション高く手に取ったわけではない本だ.「まあ,栄養学関連の書籍って読む機会がないし,たまにはいいか……」くらいで,気まぐれに読みはじめたに過ぎない.しかし,本書冒頭の,“patient journey”という概念に出会って,私は思わず背筋を正す.

第2章「栄養とpatient journey」.冒頭で,著者のひとり,松本朋弘先生は次のように述べる.

「栄養療法を行っていると,ついついカロリーやタンパク質量の計算に終始してしまいがちです.栄養療法の本当の目的は患者個々人を支えるためだったはずが,いつの間にか医療者本位になってしまっている」

ああ……つまり,この本は,臨床栄養についての計算結果を載っけた本ではないんだ.

Patient journeyとは,患者の健康な時期,病に侵されてからの時期,そして終末期までのあらゆるプロセスを「旅路」として捉え,その道すがら,患者が何に立ち寄って何に心を砕くか,医療に頼るのか,社会的にどう過ごすのか,経済的にはどれくらいの動きがあるのか,内心では何を考えているのかなどを,すべて検討するために我々に与えられたキー概念である.本書は,医療を離れたところで長い時間を過ごす患者に,医療人が何をしうるのかを突きつけてくる.

市原のオリジナル索引①

読み 項目 サブ項目 掲載ページ
うんどう 運動とビタミンDサプリメントの組み合わせが,筋肉量の増加と関連する 163
えんきょ 遠距離介護をしている場合も家族は心配でならない 190
えんぶん 塩分制限を行うことで味気なさから食事摂取量を低下させ,栄養不良となる 76
おうだん 横断歩道を青信号の間に渡り切ることが難しいため 156
おぴおい オピオイド投与が原因で食べられない 136
オピオイド誘発性の嘔気は数日で耐性ができる可能性が高く,短期間の制吐薬の使用で改善が見込めます 139
おひたし お浸しにごま油やごまドレッシング 167

サルコペニアの既往がある76歳男性.妻が亡くなってからは,スーパーマーケットに買い出しに行っても何を買えばいいのかわからない.菓子パンや清涼飲料水ばかり買ってしまう.そして,「横断歩道を青信号の間に渡りきることが難しいため」,近所のコンビニでインスタントラーメンや菓子パンなどを済ませて食事とすることが多い――

栄養状態が乱れてしまうことに,そんな理由があるのか! 思わず線を引き索引に採用する(今回も「勝手に索引!」を作りましたので,ぜひリンク先からご参照ください).

この男性に,「フレイルを悪化させないためにきちんと栄養を摂りましょう」などと外来で伝えたところで何の意味もない.では,患者の旅路に寄り添うために,どうすればよいか?

答えはシンプルだ.

市原のオリジナル索引②

読み 項目 サブ項目 掲載ページ
そうねん 壮年期糖尿病患者(外来) 100
そしゃく 咀嚼能力が低下したフレイル患者に使えるコンビニ食 156
そしゃく 咀嚼能力や嗜好に応じたコンビニ食を提案することが,patient journeyに寄り添った食支援につながり 157
だえきが 唾液が入らないよう小皿に取って食べる 177
たくはい 宅配で使える嚥下の栄養 189
たけのこ タケノコはだめだといわれるんだけど,旬だからつい食べちゃうんだよねぇ 21

「コンビニで買えるもので,患者の食事として望ましいメニューを考えて,患者と相談して支援につなげる」.

本書のChapter 18「コンビニ食で考える栄養」は,医療従事者であるかどうかとはもはや関係がない,患者の視座から見える「臨床」を扱った章だ.小気味いい.私はこういう栄養の話が読みたかった.

市原のオリジナル索引③

読み 項目 サブ項目 掲載ページ
まいにち 毎日エクササイズ群と週末エクササイズ群間での有意差は示されなかった 90
みかんや みかんや柿など, 季節のものは食べたいのですが… 104
みずはそ 水は相対的にゼリーより嚥下の難易度が高い 50
みせのじゃ 「店の蛇口をひねると水じゃなくてワインが出てくる」と普段から豪語 57
やみくも やみくもに運動療法だけを勧めても無効 150
ゆえきそ 輸液速度の増加は必ずしも口渇の改善にはつながらず,口腔ケアがより重要 22

高齢の糖尿病患者から食事制限について相談を受けたあなたは,患者のこのようなセリフを耳にする.「食事をどう気を付けたらいいですか.みかんとか柿とか,季節のものだけでも食べられたらいいのですが.やっぱりお医者さんとしては,そういうのも食べない方がいいという立場なんでしょうか……」.これに対して,年齢や環境といった因子を考慮せずに,糖尿病なのだから一律で食事制限だ,ひたすら肥満予防だ,と対応するのが正しいと思っている若い医師は――いないと信じたいが――どうだろう.

専門性が先鋭化する昨今,われわれは自らが包丁一本で世を渡り歩くための職業訓練に必死にならざるを得ない.その分,糖尿病とか高血圧のような「コモン・ステータス」への個別配慮を訓練する機会にはなかなか出会えないというのが実状ではなかろうか.つい,ガイドラインの表層だけを撫でて,オーダーメードではない対処をしてしまいがちではないだろうか.

現実の「臨床栄養」は,誰に対してもHbA1cを下げまくればいいというものではない.高齢者であれば,ときに7.0~7.5%までは許容,合併症や認知機能・身体機能の低下を認める高齢者なら8.0~8.5%を許容することも考慮する.

それはなぜか? どのような根拠で許容されるのか? 

念のため申し述べておく.本書は決して,臨床栄養を「患者の都合に合わせて,うまいことエビデンス外の対処をする方法」を書かれた本ではない.入院時の絶食,敗血症性ショック時の栄養の考え方,誤嚥性肺炎における栄養管理,術後患者やがんの末期まで,最新のエビデンスに基づいた方針がまっすぐ示される.

市原のオリジナル索引④

読み 項目 サブ項目 掲載ページ
こんびに 「コンビニの食事なんて」と思われるかもしれませんが 174
さかなを 魚を食べる文化が根強い本邦において,あえて補助的なω-3系多価不飽和脂肪酸の摂取を意識する必要はないのかも 86
さるこぺ サルコペニア肥満 150
ししつせ 脂質制限は乳び胸における乳びの減少を除いては十分なエビデンスがありません 7
じたくで やみくもに運動療法だけを勧めても無効 150
じゅうけ 重慶飯店監修四川風麻婆豆腐 172

山田悠史先生総監修だけある.臨床対応にも逐一エビデンスがある.情念や主観で「患者に寄り添おう」と言い放つような本ではない.

しかしそれでも,私にとって本書は,患者のlong winding roadに医療人がどう伴走するかという骨太のメッセージによって記憶されることになる.いい本だ.栄養士,看護師,介護士などは当然読むだろう.ソーシャルワーカーにもおすすめだ.言語聴覚士にとっても見過ごせない.そして,医師だ.医師こそが読むべき本だ.医の本道,その目抜き通りは,本書の中を貫通しているのではなかろうか.

著者プロフィール

市原 真(Shin Ichihara)
JA北海道厚生連 札幌厚生病院病理診断科 主任部長
twitter:
@Dr_yandel
略  歴:
2003年 北海道大学医学部卒業,2007年3月 北海道大学大学院医学研究科 分子細胞病理学博士課程修了・医学博士
所属学会:
日本病理学会(病理専門医,病理専門医研修指導医,学術評議員・社会への情報発信委員会委員),日本臨床細胞学会(細胞診専門医),日本臨床検査医学会(臨床検査管理医),日本超音波医学会(キャリア支援・ダイバーシティ推進委員会WG),日本デジタルパソロジー研究会(広報委員長)
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