披裂軟骨は三角錐の形をした軟骨で,左右に1対ある.3つの面をもち,下方と上方のそれぞれに披裂軟骨底と披裂軟骨尖がある.披裂軟骨底の前角は,前方にのびて声帯突起をつくり,ここに声帯靱帯がつく.輪状披裂関節は披裂軟骨底と輪状軟骨の上外側面との間に形成され,披裂軟骨を水平方向に滑らせて,両側の披裂軟骨を近づけたり,遠ざけたりする(図3).
披裂軟骨脱臼は輪状披裂関節への外力のかかり方によって披裂軟骨が前方内側へ脱臼する前方脱臼(本症例:図1,2参照)と,後方外側に脱臼する後方脱臼の2種類がある.誘因は約81.5%が挿管に続発した喉頭内腔からの外力による. 症状は約85%が嗄声で,そのほかには,嚥下障害,咽頭痛,呼吸困難などがあり,これらの症状はしばしば同時に認められる.
鑑別診断として,全身麻酔後に嗄声をきたしうる病態があげられる.例えば,披裂軟骨脱臼以外に,声帯裂傷,声帯血腫,声帯癒着,偽膜性喉頭炎,喉頭肉芽腫,輪状披裂関節炎などがある.ただ,これらの嗄声は通常軽症で,中等度から高度嗄声の場合は披裂軟骨脱臼や挿管性反回神経麻痺を疑い,喉頭ファイバースコープを用い披裂部の動きと位置を観察することが必要である.CTは披裂軟骨の位置や方向などを直接に描出可能である点で披裂軟骨脱臼の確定診断が可能である. 特に立体的な位置関係を明確にできる点で3D-CTが有用であるとの報告もあるが,3D-CTは必須ではなく,薄いスライスの高精細画像であれば十分診断に足るものと筆者は考える(図1,2).現時点ではCTは披裂軟骨脱臼の診断においては非侵襲的で最も有用な検査と言える.
披裂軟骨脱臼の新鮮症例は可及的早期の整復が望ましいとされている.治療開始が遅れるにつれ,輪状披裂関節に強直化が発生し整復困難となるため,治療開始時期が発声状態の予後を左右する. 本症例でも直ちにバルーンカテーテルを用いた整復がなされ症状の改善がみられた.
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披裂軟骨脱臼は未だ認知度は低いが,全身麻酔下手術(気管挿管)の合併症の1つとして認識しておくべき重要な疾患である. 術後の嗄声が持続する場合はこれを念頭におき積極的に専門科(耳鼻咽喉科)へコンサルトすべきであろう.CT検査は披裂軟骨脱臼を直接描出可能でかつ低侵襲性である点から非常に有用性が高い.
言うまでもなく,発声はヒトにとって重要な意思疎通の手段の1つである.披裂軟骨脱臼では治療開始時期が機能の改善度合いを左右する.病歴から本症を疑い,すみやかに診療を進めることが大切である.
手技におけるさまざまな合併症についてたとえ稀であっても医師は熟知しておくべきであり,ましてや披裂軟骨脱臼のように早期診断治療が予後を左右する場合はなおさらである.本症を今回取り上げた所以である.
〔 2011年度当院放射線科研修医 山内 卓先生作成ティーチングファイルを改変しました〕