エキノコックス症は人獣共通感染症の1つである.ヒトに感染するエキノコックス属はE. granulosus,E. multilocularis,E. vogeli,E. oligathrus の4種が知られている.いずれも終宿主(イヌやイヌ科の肉食動物)や中間宿主(ヒツジや齧歯類)の糞便に汚染された食品を摂取することにより感染する.
E. granulosus(単包条虫)は全世界の田園地帯,放牧地帯に広く存在している.一方でE. multilocularisは北半球のみに存在するとされる.日本(特に北海道)でよく知られるエキノコックスはE. multilocularisである.以上の2つが臨床的に重要である.E. vogeli,E. oligathrus は中南米に存在しており,稀とされる.
ヒトがエキノコックスの虫卵を摂取すると,虫卵から放出された幼虫が腸壁に侵入し,血流やリンパ流に乗って肝や肺,脳などに運ばれる.宿主の免疫反応により被包化され,嚢胞内で成熟する.数年にわたって無症状であり続ける.嚢胞が増大するとこれによる圧迫で胆管や門脈が狭窄/ 閉塞し症状をきたす.破裂するとアナフィラキシーを起こす.
E. granulosus による肝病変は患者の75%以上に生じるとされる.画像検査では,初期の病変は単純嚢胞と類似する.進行すると嚢胞の内部に娘嚢胞(daughter cyst)が生じ,娘嚢胞の内部には液面形成(fluid-fluid level)がみられることもある.嚢胞壁の石灰化はE. multilocularis に有名な所見であるが,E. granulosus でも嚢胞壁に線状の石灰化をきたすことがある.肝エキノコックス症(E. granulosus)の画像上の鑑別疾患としては単純肝嚢胞のほか肝膿瘍や嚢胞状の転移性肝腫瘍,出血や感染を伴った嚢胞が考えられるが,経過や症状が異なることもあり,鑑別に苦慮することは少ないだろう.肝エキノコックス症を疑う場合は免疫血清学的検査を追加することが勧められる.
治療は手術や経皮的穿刺,薬物療法が選択される.病変が限局しているときは手術が行われるが,多発していても経皮的穿刺により比較的良好な治療効果が期待される.経皮的穿刺ではまず細径のカテーテルを用いたPAIR 法〔puncture(穿刺),aspiration(吸引),injection of scolicidal agent(注入),and reaspiration(再吸引)technique〕が行われ,嚢胞内部に娘嚢胞や充実部分を含まない病変が適応となる.進行した病変で,嚢胞内部に娘嚢胞や充実部分が含まれるときは大口径のカテーテルを使用して内部の充実部分を吸引する治療が行われる.薬物療法ではベンゾイミダゾール系薬剤(アルベンダゾール,メベンダゾール)が使われる.手術療法や穿刺による治療はいずれも包虫液の流出から播種やアレルギー反応のリスクがあるため,薬物療法を先行して行うことが勧められる.
E. granulosus 感染は非常に稀であるが,重要な疾患である.増大する肝嚢胞病変や,肺嚢胞病変を合併した病変は積極的に感染を疑い早期診断,治療を行うことが重要である.
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