卵巣出血には卵胞出血,黄体出血,妊娠黄体出血があるが,その多くは黄体出血である.黄体出血は一般的に卵胞出血よりも出血が多くなる傾向にある.これは,黄体期には黄体表面に拡張蛇行した新生血管がみられ,これが破綻することにより大出血をきたしやすいためである.黄体出血は性交渉後に急激に発症することが多い.その他の要因として内診や外傷,出血性素因や抗凝固療法もある.出血部位は約60〜80%が右側であり,左側は少ない.これは解剖学的に直腸・S状結腸がクッションとなるためと考えられている.
臨床的に重要な鑑別疾患は異所性妊娠による腹腔内出血である.造影MRIによる胎嚢の確認も有用であるが,簡便さ,迅速性から尿妊娠反応が優先される.
骨盤内臓器の観察や少量の腹腔内出血の検出には経膣エコーが有用である.ドプラエコーで血流信号のみられない卵巣嚢腫,フィブリンの析出による網目状エコー(レース状,蜘蛛の巣状,漁網状とも形容される),fluid-fluid レベルの検出など,90%のケースで特異的な所見が得られるとされる.
臨床症状からの鑑別疾患としては卵巣嚢腫の茎捻転やtubo-ovarian abscess(卵管卵巣膿瘍)があげられるが,CT所見でこれらを鑑別することは容易であろう.
黄体嚢胞破裂による卵巣出血は自然に止血することが多いので,全身状態が良好であれば可能な限り手術を避け,保存的治療が行われる.血管の確保のうえ,経時的なエコー,採血の評価を行い,腹腔内血腫増大の有無や貧血の進行を経過観察するため数日の入院が必要とされる.循環動態が不安定であった場合は,出血手術の適応となる.手術時の所見によって出血部の焼灼,縫合,楔状切除などが選択され,患側卵巣の健常部は極力温存される.
本症例も保存的治療が行われ,第5病日に軽快,退院された.
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