ジュースなどを飲んだ後,氷をバリバリかじる人がいます.氷を異常なほどに食べることは,氷食症(pagophagia)と呼ばれ,異食症(pica)の1つと考えられています.氷食症の定義はあいまいで,製氷皿1皿以上食べたり,強迫的異常行動としてみられる場合をそう呼ぶそうですが,氷食症は鉄欠乏性貧血の患者さんに比較的高い確率でみられる症状であることが知られています.氷をバリバリ食べる人を見たら貧血を考えなさい,と学生のころに習ったことがあり,実際に内科診断学の教科書にも書いてあります1).では,鉄欠乏性貧血になるとなぜ氷が食べたくなるのでしょうか?.
異食にはさまざまな種類が存在し,土,粘土,毛髪,紙などの報告がありますが,本邦における鉄欠乏性貧血では,氷食以外の異食症の症状が現れることはきわめて稀といわれています.また氷食症は,同じ貧血でも鉄欠乏性貧血にのみみられます.
氷食症が起きる理由については,強い精神的ストレスや強迫観念によるという説や,貧血に伴う口腔内の炎症を抑えようとするため,あるいは氷を噛むことによって反射的に脳血流を増加させている2),など,さまざまな説明がなされていますが,いまだ明確な機序はわかっていません.
40年以上前の非常に古いものですが,興味深い研究があるので紹介します.まずラットから脱血して貧血にします.次に,氷でも水でも好きな方から水分を摂取できるようにラットを教育します.正常なラットは約45%の水分を氷から摂取するのに対して,貧血ラットは96%の水分を氷から摂取しました.両群の水分摂取量には差がないにもかかわらずです.驚くことに,この研究では貧血のラットは氷をなめるよりも,かじることの方がよくみられた,と報告しています.この傾向は,ラットの貧血が改善するにつれ消失し,貧血がなくなったラットは氷には見向きもしなくなった,と報告されています3).
氷食症が実験動物でもみられる,というのは非常に興味深く,この病態の奥深さを感じます.最近,鉄欠乏の患者さんはドパミン受容体の数が減少しており,むずむず脚症候群(restless legs syndrome)を合併することも知られています4).カフェなどで氷をバリバリ食べていたら,このトリビアを知っている人に救急車を呼ばれたりするかもしれませんので,気をつけないといけませんね.