U大学の教授甲は,ヒト大腸癌組織で特異的に発現する新規なタンパク質キナーゼ遺伝子(遺伝子A)を同定した.さらに,マウスにおいて遺伝子Aを発現させると,そのコードするタンパク質(タンパク質A)の活性化により大腸癌の発症が誘導されることを見出した.そこで,教授甲はU大学の知的財産本部に連絡し,知財担当者乙が発明相談に訪れた.
本事例では,教授甲が,新規遺伝子を同定して大腸癌発症との関連を見出していることから,大腸癌治療への応用が考えられる.まずは,遺伝子Aの取得から大腸癌治療薬の開発に至る物質面・用途面の一連の発明概念を抽出することになろう. (中略) 新規かつ有用な発明概念を抽出すれば,「実施可能性」と「進歩性」が主たる特許性の判断材料となる.実施可能性の判断では「当業者が過度な実験や試行錯誤を行うことなく発明を実施できるか」が審査され,必ずしも実験的裏付けを要しない.
タンパク質Aの活性化から大腸癌発症に至る機序の解明を進めた教授甲は,大腸癌の発症には,タンパク質Aによる既知タンパク質Bのリン酸化が必須であることを突き止めた.既知タンパク質Bには種々の阻害剤が開発されていることを知った教授甲は,まず,X社が開発した化合物Cを試料提供契約(MTA)により導入し,大腸癌モデルマウスでその効果を検証することを考えた.
化合物Cの供与にあたって,通常,X社からMTA案が提示されるであろうが,その「成果の取扱い」の項には特に留意を要する.その規定内容には種々のものがありうるが,最悪の場合,研究成果について「X社への世界的な無償独占実施権の付与」などが記載されているかもしれない(内容如何では独占禁止法上の問題も生じうる). (中略) 不利なMTA案が提示された場合,教授甲と知財担当者乙は,その修正(例えば,優先交渉権付与への変更)について協議すべきである.
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