実験医学:どこでも 誰でも より長く ナノポアシークエンサーが研究の常識を変える!
実験医学 2018年1月号 Vol.36 No.1

どこでも 誰でも より長く ナノポアシークエンサーが研究の常識を変える!

  • 荒川和晴/企画
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概論

ナノポアシークエンサーがもたらす未来
Nanopore sequencer opens up a new door of biology

荒川和晴
Kazuharu Arakawa:Institute for Advanced Biosciences, Keio University(慶應義塾大学環境情報学部・先端生命科学研究所)

近年の分子生物学の発展は,DNAシークエンサーの技術革新に負うところが少なくない.そのDNAシークエンサーに新たな革新が起きている.DNA がタンパク質微細孔(ナノポア)を通過する際の電流変化によって配列決定を行うナノポアシークエンサーは,手のひらに乗るほどに小型でポータ ブルであり,大きな初期投資を必要とせず,またリアルタイムに数十kbpという長鎖DNAを読みとれるなど,従来のシークエンサーと一線を画す革新的デバイスだ.まだ市場に出て間もないため,発展途上にある技術だが,すでに多くの可能性を見せつつある.ナノポアシークエンサーがわれわれの研究をどう変えるのか,その可能性を展望したい.

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ナノポアシークエンサーの登場


「次世代シークエンサー」という言葉はもはや使いたくない.


超並列シークエンサー商品化の先鞭をつけた454社は,2005年の発売開始から2016年の販売後サポート終了までの「世代」を全うしたし,illumina社もその技術基盤をもつSolexa社買収からすでに10年が経過し,今では幅広い分野の医薬生物学において欠かせないツールとなった.ムーアの法則を超える発展速度とも謳われる業界にあって,そのユーザーだけがとり残されたかのように10年経っても「次世代」とよび続けるのは半ば滑稽ですらある.


でも,これは「次世代」だなぁ,と思う.


もちろん,ナノポアシークエンサーのことである.コンピューターの歴史において,メインフレームからデスクトップ型パーソナルコンピューターの登場,さらに,スマートフォンのようなモバイルデバイスへの変遷は,その都度われわれの生活や社会のあり方を根底から変えてきた.ベンチトップシークエンサーはすでに各社出揃っていたが,初期投資をほぼ必要としない,掌に乗り持ち運べるシークエンサーは,フィールドや医療現場での利用などに否応無く期待が広がる.



サンガー法の発明以来,数多くのDNAシークエンサーが開発されてきた.それらは1分子でリアルタイムなのか,超並列なのか,ポリメラーゼ連鎖反応を伴うのか,ポリメラーゼを使うのかライゲースを使うのか,などのバリエーションはありながらも,DNAの伸長反応を観察することで配列決定をする,という意味ではすべて同じパラダイムの延長であったと言える.ナノポアシークエンサーは,膜上に配置されたタンパクポアをDNA分子が通過する際の電流の変化で配列を解析する.まさに,DNA分子そのものから配列を読み解くのである.


手法が根本的に変われば,メリットとデメリットも変わる().現状はっきりしたデメリットは精度である.1塩基あたりの精度は平均して8〜9割程度で,まだエラー率は他のシークエンサーに比べて高い方だ.一方,ナノポアシークエンサーにしかないメリットはそんなデメリットを霞ませる.このシークエンス技術には,事実上の限界長が存在しない.インプットしたDNAが,そのまま読まれるDNAなのだ.長くなればなるほど初発DNAの確保は技術的にたいへん困難なこととなるが,本当に長鎖のDNAをインプットすることができれば,ナノポアシークエンサーはそのDNAを読むことができる.実際,ナノポアシークエンサーの代表機であるMinIONシークエンサーを用いたヒトゲノムのリシークエンスでは,最長リードがわずかに1 Mbpを下回る(993 kbpにわたってマップされる882 kbp)ほどの長いリードが得られたことが報告されている1).言うまでもなく,これは構造変異の解析やゲノムアセンブリーにおいて革命的な技術革新である.


ナノポアシークエンサーの開発状況


ナノポアシークエンサーの市販に逸早く成功したのがOxford Nanopore Technologies(ONT)社であるが,これは前述した通り,タンパクポアを用いたものである.同様の技術はRoche社が2014年に買収したGenia社なども開発を行っている.これに対して,タンパク質を用いずに完全に半導体や金属のナノポア,すなわちソリッドステートナノポアを用いたシークエンシング技術も世界中で開発されている.現状まだ商品化にまで至っているものは存在しないが,もし実現すれば半導体と同等に大幅なコストダウンが可能であり,保存や運搬も容易である点などがソリッドステートナノポアの大きな利点であると考えられている.ソリッドステートナノポアの開発はNABsys社やIBM社,Stratos Genomics社などに加え,日立ハイテクノロジーズ社やクオンタムバイオシステムズ社など,日本の企業がいることも今後の発展を期待させる.



ナノポアシークエンサーとの出会い

私がナノポアシークエンサーを使いはじめたのは,今から2年と少し前のことだ.当時はまだ正式な発売前で,MinION Access Program(MAP)というアーリーアクセスプログラムに参加する形であった.当時のR6ケミストリー(MinIONのバージョン,詳しくは宮本らの稿参照)はDNAの読みとり速度が今の数倍遅く,エラーレートも20%程度と高く,スループットも数十Mbp程度だった.それでも,λDNAを用いた最初の動作確認で,たった6時間のシークエンシングで平均8 kbpほどのリードが約50 Mbp得られ,同じく開発がはじまったばかりのCanuアセンブラーにこれを供したところ,あっという間に48 kbpのゲノムがエラーもほとんどなくアセンブルされたことにたいへん感動したことを鮮明に覚えている.


発展途上の技術であるだけあって,その進歩と活気には特筆すべきものがあった.数カ月おきにケミストリーやソフトウェアの大きなアップグレードがあり,そのたびに精度やスループットが大きく向上した.特に翌年の2016年中頃に登場したR9ケミストリーとその後のソフトウェアアップデートは1回のランから得られるスループットをついに1 Gbp以上にし,研究の現場で使えるシークエンス技術となった.数カ月で性能が大きく変わるということは,投稿・査読・リバイス・出版に数カ月を要する通常の出版サイクルでは情報共有がまるで追いつかないことを意味する.実際,本特集の各稿でも引用しているように,ナノポアシークエンサーを用いた多くの研究は他の分野と比較してもかなり積極的にbioRxivなどのプレプリントサーバに公開される傾向がある.さらに驚いたことに,ONT社はよい研究がプレプリントサーバに公開されると,その筆者をすぐに内部コミュニティ向けのウェビナー(オンラインのセミナー)に招待する.すると,オリジナル論文が出版される頃にはすでにそれをベースにした次の仕事がプレプリントサーバに公開されている,というような,圧倒的スピードで研究が展開していくのである.


別稿(河野らの稿)で詳述するが,私の研究室では高機能タンパク素材の実用化の一端として,クモの糸の解析を行っている.このクモの糸の遺伝子はシークエンス屋にとって悪夢の結晶のようなもので,数百bpのユニットが幾多連なったリピート配列によって構成されている.そのため,PCRがうまくかからないばかりか,仮に増幅ができたとしても長さが変わってしまうような配列であり,どうにもうまく解析ができずにいた.そんな折,めまぐるしく発展を続けるナノポアシークエンサーが福音となる可能性がでてきた.増幅をかけずに1分子でリピートをすべて跨ぐ長鎖をシークエンスできれば,これまでの技術的ハードルは基本的にクリアできる.そこで,われわれはクモ糸遺伝子の解析を主にナノポアシークエンサーによって行うように大きくシフトした.この選択は幸い実を結び,これまで解析が困難であったクモ糸遺伝子の全長を今では次々と決定できている.



日本におけるナノポアコミュニティ

わが国では,主に最初期のアーリーアダプターである東京大学大学院新領域創成科学研究科の鈴木 穣教授らがナノポアシークエンシングの技術講習会などを開催されてきたが,現場レベルでの情報交換を行う場は限定されていた.われわれが2010年に立ち上げ運営してきたNGS現場の会はまさにそういった目的の会であったが,過去2回の大会が約2年に1回の開催となってしまっていた関係で,ナノポアシークエンシングに関連したセッションを開く機を逸していた.一方,2017年の5月開催の仙台大会(NGS現場の会 第5回研究会)ではついに技術的に成熟してきたこともあり,ナノポアシークエンシングを含むロングリードシークエンシング技術のセッションをぜひ開催したいということで東海大学の中川草助教と意気投合し,「シン・NGS:現実(ナウ)対 此後(ジセダイ)」という2016年流行した某怪獣映画をもじった題のセッションを開き,ふざけたセッション名とは裏腹な,最先端の研究発表演題5題を集めた.第5回NGS現場の会では他にも大会企画として,仙台名物芋煮のゲノム解析をMinIONを用いて行うなど,総じてナノポアシークエンサーへの関心は高かったが,おかげさまで本セッションも会場が立ち見でも入りきらないほどの大盛況であった.



本セッションでは,研究発表に加えて,ライブシークエンシングを企画した.ナノポアシークエンサーが他の機材と明確に一線を画すのはその携帯性・リアルタイム性であるので,その場でシークエンシングする様子をデモンストレーションすることで,ナノポアシークエンシング技術,および,それを活用する利点をより強く印象づけることが目的である.ライブシークエンシングは2種類行った.私が新規のバクテリアゲノムのde novoシークエンス解析を,中川氏と東海大学の三橋里美研究員(当時)が独自に開発された微生物迅速同定システム2)を用いて発酵食品サンプル中の解析を行った(詳しくは中川らの稿参照).私のde novoシークエンシングはさすがにセッション中だけではすべてが終わらないため,セッション前からライブラリ調製をすませ,セッション後もシークエンシングを継続するというものであったが,三橋氏らはなんとわずか90分のセッション中にライブラリ調製からシークエンシング,その後のコンピューター解析による微生物分類および可視化まで終わらせ,多くの参加者に驚きを与えた.私の方もその後学会会期中にすべて会場でアセンブリーまで行い,3.4 Mbpの1本につながった環状コンプリートゲノム配列を得た.無数の微生物ゲノムが読まれている今日だが,学会会場でコンプリートゲノムがシークエンス・アセンブリーされたものとしては世界初の例なのではないかと思う.


さて,868名の参加者を迎え大盛況となった第5回NGS現場の会だが,NGSの普及と技術交流という意味では一定の目的を達成したことから,本会をもって発展的解消をするという決断に至った.一方で,ナノポアシークエンサーに関してはまだこれから普及と情報共有が重要である.そのため,オックスフォード・ナノポア現場の会がONT社主催で立ち上げられ,2017年8月22日に六本木にて第1回が開催された.こちらも高い関心を反映するかのようにあっという間に会場のキャパシティを超える参加登録があり,早期に申し込みが締め切られるほどであった.10演題と150名以上の参加者が集い,参加者の期待感が印象的な研究会となった.本会は今後も継続して毎年開催される予定である.本特集でナノポアシークエンシングを用いた最先端の研究の熱気を感じていただき,ぜひ来年の研究会への参加をご検討いただきたい.


本当のRNAシークエンシング


冒頭で述べたように,ナノポアシークエンシング技術の大きな革新の一つが,DNAの合成過程によるのでなく,DNA分子そのものを感知して測定している点にある.つまり,ナノポアの種類を変えることで,原理的にはDNA以外の分子を測ることが可能なはずである.実際に,5月にロンドンで開催された英ONT社主催のイベントLondon Callingでは,タンパク質や低分子化合物をナノポアを通して測定する開発初期段階の発表があった.そんななか,すでに製品化されているのが直接RNAをシークエンシングするDirect RNA Sequencing技術である.


ハイスループットなシークエンシングでは,RNAの発現量や配列の解析をするRNA-Seqが主なアプリケーションの一つとして日常的に行われているが,実際には既存の手法ではRNAを逆転写したcDNAをシークエンシングしている.一方,ナノポアシークエンサーによるDirect RNA Sequencingは,逆転写することなくRNA分子そのものの配列を読みとることが可能な画期的な技術だ.RNAにはDNA以上に多様な修飾が存在すると言われており,これを網羅的に解析するためには逆転写することなく直接RNAを解析できることが不可欠である.また,発現解析やバリアントの解析においても,cDNA化によるバイアスを生じさせる可能性を極力排除するために直接RNAの解析ができることは非常に有益であるし,私の研究で言えばリピートによって逆転写がうまくかかりづらいクモ糸遺伝子の解析においてもきわめて良好なデータが得られている.


RNAを直接読み解く技術は,ONT社がはじめて商品化したものであるが,順番的に後発になってしまったために,すでに広まってしまったRNA-Seqという本当はcDNA-Seqな技術に対して,Direct RNA-Seqという名称を使わざるを得ない.広まった用語をみだりに変えることはデメリットが大きいので実際問題としてこれを変える必要はないが,個人的な感情としてはRNA-Seqという言葉を,本来の偉業を成し遂げたONT社に返してあげたいと思っている.


ナノポアシークエンサーがやって来た ヤァ!ヤァ!ヤァ!



いずれにせよ,初期投資がほとんどいらず,どこでもシークエンシングができ,これまでには不可能だった長鎖やRNAが直接解析できるナノポアシークエンシング技術は幅広い未来を研究の現場にもたらしてくれるものと期待できる.業界の進歩があまりに早いため,このような特集を組んでも早々に内容が陳腐化してしまうであろうが,それでも現時点のスナップショットをまとめ読者の皆様と共有させていただくことに価値があると考え,できる限りその可能性を感じられる各論を集めた(概念図).まず,ONT社の宮本氏らからはナノポアシークエンサーの概要と開発の歴史を紹介いただいた(宮本らの稿).続いて,ロングリードだが精度の面でまだ課題が残る配列をどのように解析するか,バイオインフォマティクスの観点から東京大学の笠原氏らにツールとともに解説いただいた(鈴木 創らの稿).さらに,MinIONデバイスの携帯性を活かし,海外の感染症の現場で微生物やウイルスの解析を行う試みについて,国立感染症研究所の鈴木仁人氏(鈴木仁人らの稿),そして東京大学の鈴木 穣氏(山岸らの稿)に,リアルタイム性を活かして,迅速に細菌叢解析を行う試みについて東海大学の中川氏に紹介いただいた(中川らの稿).また,ナノポアシークエンサーが可能にする超ロングリードを用いたがんやマクロサテライトの解析について東京大学の鈴木 穣氏(坂本らの稿)および横浜市立大学の三橋氏(三橋らの稿)に事例を詳述いただいた.加えて,非モデル生物クモの糸の解析について慶應義塾大学の河野と私が紹介させていただいている(河野らの稿).このような幅広いアーリーアダプターの研究事例を俯瞰しつつ,本特集を通じて皆様にもその黎明期の熱気とともに,何よりもその可能性の一端を感じとっていただければ幸甚である.

文献

  • Jain M, et al:bioRxiv, 128835, 2017

  • Mitsuhashi S, et al:Sci Rep, 7:5657, 2017


著者プロフィール

荒川和晴:慶應義塾大学環境情報学部・先端生命科学研究所准教授.2006年慶應義塾大学(冨田 勝教授)にて博士号を取得.その後,日本学術振興会特別研究員,慶應義塾大学先端生命科学研究所特任助教・特任講師・特任准教授を経て,’17年より現職.「地球最強」生物クマムシや,超高機能次世代素材と期待されるクモ糸の解析など,主に非モデル生物のマルチオミクス解析を通して,生物学を問い直すべく研究中.



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