実験医学:特集1:性差の本質 病態・生体機能に影響を与えるメカニズム/特集2:感染症・薬剤耐性制御の新標的 クオラムセンシング
実験医学 2026年9月号 Vol.44 No.14

特集1:性差の本質 病態・生体機能に影響を与えるメカニズム/特集2:感染症・薬剤耐性制御の新標的 クオラムセンシング

  • 深見真紀,松岡悠美/編
  • 2026年08月20日発行
  • B5判
  • 124ページ
  • ISBN 978-4-7581-2607-6
  • 2,750(本体2,500円+税)
  • 在庫:予約受付中

特集1 概論

概論:ヒト検体とモデル生物による性差構築メカニズムの解明

New aspects in the molecular basis of sexual dimorphism in humans
10.18958/7997-00001-0006604-00
深見真紀
Maki Fukami:国立成育医療研究センター分子内分泌研究部

典型的なヒト男女には,身体構造,体格,行動パターン,平均寿命などに多くの違いがある.また,多くの疾患の罹患率,重症化率,治療への反応性にも性差がある.最近の研究によって,性染色体と性ホルモンがさまざまな形質の性差を形づくる分子機構が明らかになってきた.性差の分子基盤の理解は,性差疾患の病態解明のみならず,集団内の個人差の理解にもつながる.近年欧米では,研究に際して「生物学的変数としての性別を考慮する」ことが要求されるようになった.日本においても,内閣府が性差を考慮した研究・技術開発を求める方針を発表している.本特集では,ヒト検体やモデル動物を用いた最先端の性差研究を概説し,多様な生体機能や疾患における「性差の本質」の理解をめざす.

はじめに

近年の医学研究では,「性差」がトピックの一つになっている.しかし,従来の性差医学研究は疫学データの解析が中心であり,性差がヒトの生体機能や病態に与える効果を分子レベルで解明した研究は限定的であった.事実,さまざまな形質の性差は,「おそらく性ホルモンの効果だろう」と単純に解釈されていることが多い.しかし性ホルモンの作用だけでは,男女の平均身長差などの基本的な表現型の性差さえも完全に説明することはできない(服部の稿).また,性ホルモンとその受容体がどのように表現型を支配しているのかは十分解明されていない.本特集では,ヒト検体とモデル生物を用いた性差に関する最新の研究成果を紹介する(概念図).これらの研究は,さまざまなアプローチで,性ホルモンと性染色体が性差を形成するメカニズムを解明するものである.

概念図 ヒト性差構築のメカニズム(本特集の概要)
ヒトの性差は性染色体と性ホルモンによって形成される.性差は,生体機能および疾患罹患率や重症化率に大きく影響する.本特集では,さまざまな観点からヒト性差の本質に迫る.

性差を形成する因子

ヒトの性差形成に関与する基本的因子

ヒト男女の表現型の違いを形成する主体は,性染色体と性ホルモンである(1)2).典型的男性では,胎児期にY染色体上のSRY遺伝子によって未分化性腺の精巣への分化が誘導される.分化した胎児精巣から分泌されるテストステロンが外性器男性化および子宮などミュラー管由来組織の退縮を誘導する.一方,典型的女性では胎児卵巣からの性ホルモン分泌はほとんどなく,外性器男性化が生じない.出生後,男女ともに思春期前から性ホルモンが分泌され,それぞれの性に特異的な身体形質が完成する.したがって性差構築の基盤は,「SRYの有無が胎児性腺の性分化の方向を決定し,分化した性腺から分泌されるテストステロンもしくはエストロゲンが全身の組織の性を統一し,男女に特異的な形質をつくる」ことである.しかし,実際の性差形成は多くの遺伝子や環境因子が関与する複雑なプロセスである.

図 ヒト性差構築の基本概念
性染色体は,未分化性腺の分化の方向性を決定することによって,性ホルモン依存的にさまざま形質の性差を形成する.近年の研究によって,性ホルモンが表現型の性差をもたらす機構が明らかになってきた.さらに,性染色体は性ホルモン非依存的な機構で形質の性差に関与する.

これまでヒトの性差の研究にマウスをはじめとするモデル動物が広く用いられており,モデル動物で明らかになったさまざまな性差関連因子がヒトにも共通することが知られている.一方,性分化機構や性ホルモン変化には生物間差があることもわかってきた.SRY遺伝子の構造や性分化マスター遺伝子NR5A1の機能には,ヒトとマウスで明らかな違いがある3)4).例えば宮脇らは,マウスのSryに種特異的な潜在エキソンがあることを発見している3).またわれわれは,NR5A1のミスセンス塩基置換R92Wが遺伝的女性における精巣形成を招くが,雌マウスの卵巣形成には影響しないことを明らかとしている4)

性染色体

性染色体は,SRYの有無を介して性腺分化の方向を決定し,性ホルモン依存性の性差形成を支配する.一方,以下に述べる通り,性染色体が性ホルモンと無関係に性差を形成する機序も知られている.ヒトY染色体は約57 Mbのサイズで70程度のタンパク質コード遺伝子を包含するが,X染色体は約156 Mbの大きさがあり1,000以上の遺伝子を包含している5).この遺伝子量の差を補正する生理的機構がX染色体不活性化である6).ヒト女性の細胞では,発生初期にどちらか一方のX染色体が選択されて不活性化され,当該染色体上の遺伝子の80%程度が発現抑制される.したがって男女の性染色体は,①搭載する遺伝子の違い,②ゲノムサイズの違い,③X染色体不活性化の有無を介して,表現型の性差を招いていると推測される.

従来,Y染色体上のタンパク質コード遺伝子の大部分が男性の性分化と生殖に関与すると理解されてきた.しかし田中らは,マウスY染色体遺伝子の網羅的解析を通じて,これらの遺伝子が生殖以外のさまざまな形質に関与することを見出している(田中・的場の稿).

性ホルモン

ヒトにおける主要な男性ホルモン(アンドロゲン)はテストステロンとジヒドロテストステロン(DHT),主要な女性ホルモン(エストロゲン)はエストラジオールである7).これらの性ホルモンは男女の血中に存在し,核内受容体(アンドロゲン受容体とエストロゲン受容体)に結合することで効果を発揮する.アンドロゲンとエストロゲンのバランスはアロマターゼ酵素活性によって決定される.血中性ホルモン濃度には個人差が大きく,また年齢とともに大きく変化する.

近年,ヒトで男性ホルモンとして機能する新規ステロイド(11-oxygenated C19 steroids)が見出された8).この代表である11-ケトテストステロンは,テストステロンと同等のアンドロゲン受容体結合能をもち,生体内において男性ホルモン作用を発揮すると推測される.11-oxygenated C19 steroidsは主として副腎で産生されるとされ,明らかな性差を認めない.これらのステロイドの生理的・病的意義については,今後の研究が必要である.

生体機能の性差

身長や骨格筋の性差

ヒト成人男女の平均身長には約13 cmの差があり,このうち数cmのみが性ホルモンで説明される.しかしこれまでY染色体に男性特異的成長遺伝子は発見されておらず,身長性差の機序は不明であった.服部らは,男女の身長差に,性染色体上に位置する遺伝子の性特異的エピゲノム制御が関与することを見出した(服部の稿).

ヒトの多くの臓器には性差があるが,骨格筋の量と質の性差は特に顕著である.この性差は思春期年齢以降に明瞭となることから,主として性ホルモンによって生じると考えられている.今井らはモデル動物の解析に基づき,骨格筋を形成するさまざまな細胞種におけるアンドロゲン受容体とエスロトロゲン受容体の役割を解明した.これによって性ホルモンが骨格筋の性差を生み出す分子ネットワークの理解が進んだ(今井の稿).

痛みの性差

女性は男性より片頭痛や頭痛の罹患率が高く,また痛みへの感受性が強いことが知られている.しかし,痛みに性差が生じる分子機構は未解明であった.最近の研究によって,中枢神経系や末梢神経系の疼痛制御の分子機構に性差があることが明らかになった.鈴木らは,疼痛閾値制御におけるアンドロゲン受容体の役割を明らかにし,「末梢神経系で規定された疼痛制御の性差が,中枢神経系および神経免疫相互作用を介して増幅する」という新たな概念を打ち立てた(鈴木らの稿).

外的因子への反応性の性差

薬物代謝における性差は,臨床的にきわめて重要である.これまでの研究から,さまざまな薬剤の効果や副作用に男女差があることが知られている.これには,薬物代謝酵素活性の性差が関与すると推測される.近年この性差に,性ホルモンだけでなく性染色体が関与することが見出されている(児玉らの稿).

疾患の性差

性ホルモンによる疾患性差

子宮がんや前立腺がんなどの性特異的疾患や性ホルモン依存性がん以外にも,罹患率や重症化率に大きな性差がある疾患が多く存在する.このような疾患の性差には性ホルモンの作用が大きいと推測される.例えば,Tonnusらは,閉経前女性ではエストロゲンがフェロトーシスに対する抵抗性上昇を介して急性腎障害の頻度を減少させていることを見出している9).一方,エストロゲンは,B細胞活性化,CD4ヘルパーT細胞分化,1型インターフェロン反応などを介して自己免疫疾患の発症リスクを上げると推測される10).またアルツハイマー病は男性において比較的発症頻度が低いが,その理由は未解明であった.溝上らは,テストステロンがミクログリアのオートファジーを促進し, アミロイドβ除去を促していることを見出した.さらにテストステロンは,ミクログリアにおける炎症抑制作用を発揮していると推測される(溝上・兼松の稿).このような疾患発症抑制作用は,他の性差疾患にも存在する可能性がある.変形性膝関節症は,閉経後女性に多く認められる疾患である.この病態にエストロゲン低下が関与する可能性があるが,通常のマウスでは自然閉経が再現できないため,変形性膝関節症の病態をモデル動物解析で理解することは困難であった.飯島らは独自に開発した自然閉経マウスを用いて,関節の恒常性破綻につながる加齢性の性ホルモン変化を明らかにした(飯島の稿).

性染色体が関連する疾患性差

Y染色体上の遺伝子はさまざまな表現型に影響することから(田中・的場の稿),疾患罹患率の性差にも関係している可能性がある.Douらは動物実験の結果に基づき,X染色体不活性化の存在が,性ホルモンと無関係に女性の自己免疫疾患発症リスクを上げていると提唱した11).Douらは,X染色体不活性化によって生じるタンパク質複合体が免疫状態に影響すると推測している.

近年,一般の高齢男性でしばしば体細胞における性染色体喪失が生じることが見出された12).70歳以上の男性の40%程度でY染色体喪失細胞が検出されている.疫学調査では,モザイクY染色体喪失ががん,アルツハイマー病,早期死亡のリスクと関与することが確認されている.一方,女性における加齢性X染色体喪失は比較的稀な現象であり,その病的意義は不明である.このようなモザイク性染色体喪失の頻度の差は男女の平均寿命の差に寄与している可能性がある.

環境因子による疾患性差

疾患性差の一因として,生活様式に男女差があることがあげられる.例えば,喫煙率の違いは肺がんの頻度の性差の原因となっている.また,マイクロバイオームにも性差があり,これが特定の疾患の罹患率性差に関与しているとの推測がある13)

おわりに

性染色体と性ホルモンがさまざまな形質の性差をつくり出すメカニズムが明らかになってきた.さらに最近の研究から,性ホルモン濃度や性染色体には個体差があること,また,加齢とともに変化しうることが明らかになった.したがって性ホルモンと性染色体は,男女の表現型の差をつくり出すのみならず男性と女性のなかの個人差の基盤にもなっていると考えられる.性差の理解は,性差疾患の病態解明や新規治療法開発に役立つのみならず,ヒトのさまざまな形質の個体差の理解につながる.

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文献

1) Fukami M, et al:Endocr J, 73:175-181, doi:10.1507/endocrj.EJ25-0379(2026)

2) Cotinot C, et al:Semin Reprod Med, 20:157-168, doi:10.1055/s-2002-35380(2002)

3) Miyawaki S, et al:Science, 370:121-124, doi:10.1126/science.abb6430(2020)

4) Miyado M, et al:Biol Sex Differ, 7:56, doi:10.1186/s13293-016-0114-6(2016)

5) University of California Santa Cruz:Genome Browser. https://genome.ucsc.edu/(2026年7月閲覧)

6) Alfeghaly C & Rougeulle C:EMBO Rep, 26:3478-3490, doi:10.1038/s44319-025-00499-1(2025)

7) Miller WL & Auchus RJ:Endocr Rev, 32:81-151, doi:10.1210/er.2010-0013(2011)

8) Imamichi Y, et al:J Clin Endocrinol Metab, 101:3582-3591, doi:10.1210/jc.2016-2311(2016)

9) Tonnus W, et al:Nature, 645:1011-1019, doi:10.1038/s41586-025-09389-x(2025)

10) Hughes GC & Choubey D:Nat Rev Rheumatol, 10:740-751, doi:10.1038/nrrheum.2014.144(2014)

11) Dou DR, et al:Cell, 187:733-749.e16, doi:10.1016/j.cell.2023.12.037(2024)

12) Forsberg LA, et al:Nat Genet, 46:624-628, doi:10.1038/ng.2966(2014)

13) Chong-Nguyen C, et al:Biol Sex Differ, 17:24, doi:10.1186/s13293-026-00824-w(2026)

14) Tsugawa Y, et al:JAMA Intern Med, 177:206-213, doi:10.1001/jamainternmed.2016.7875(2017)

参考図書

「オスとは何で、メスとは何か? 「性スペクトラム」という最前線」(諸橋憲一郎/著),NHK出版(2022)

深見真紀:1990年浜松医科大学卒業.’94年慶應義塾大学大学院修了.ハイデルベルグ大学リサーチフェロー,横浜労災病院医師,国立成育医療センター研究員などを経て,2011年から国立成育医療研究センター研究所分子内分泌研究部長,’26年から研究所長.小児科医,臨床遺伝専門医.

パフォーマンスの性差

身体構造や疾病罹患率の違いだけでなく,社会的パフォーマンスにも性差があると言われている.例えば,医師としての治療成績に性差があることが見出されている.Tsugawaらは高齢患者を対象とする1,583,028件の入院記録を解析し,主治医が女性であることが予後の良好さに関連することを見出した.Tsugawaらはこの研究の結果から,「もし男性医師が女性医師と同じ治療成績を出せるならば,アメリカで1年間に32,000の患者死亡数減少が見込まれる」と述べている14).他の研究では,マウス実験の術者の性別によって結果が変わることが確認されている.(深見真紀)

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