[Opinion―研究の現場から]

本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第27回 ベンチャーを通じた研究成果の社会還元

「実験医学2012年9月号掲載」

研究室での発見は専門家レベルでの知的共有に留まりがちだが,これを社会に還元する1つの方法として「ベンチャーの起業」がある.しかし,ベンチャーを通じて研究成果を実用化することは多くの研究者にとって未だに身近なものではない.そこで,研究者に最も近い立場から優れた研究成果の事業化を支える「株式会社東京大学エッジキャピタル-UTEC-」のベンチャーキャピタリストである片田江舞子さん〔博士(理学)〕にお話を伺った.

─UTECについて教えてください.

UTECはバイオ・クリーンテック・ITなどを中心にテクノロジーを基盤とするベンチャー企業への投資を行うベンチャーキャピタルです.特に,事業化の種(シード)の発掘から創業早期(アーリー)に至る初期のステージに注力し,単に資金を提供するだけでなく,その後のリスクのコントロールや付加価値の付与を効果的に行うために自ら人的な資本として事業開発に参画します.

─研究室での発見からベンチャーの起業に至る道のりはどのようなものですか?

市場ニーズを十分に理解したうえで,大学での発明情報,論文,および学会における最新の研究成果から,斬新な事業の創業に結びつく研究成果やアイデアを発掘します.一方で,研究者からの発明の事業化に関する自発的な相談も増えています.技術の優位性・独自性に加えて,ターゲット市場の規模・成長性,特許戦略,ビジネスモデルなどを考慮し,十分にフィージビリティー(実現可能性)やリスクをシミュレートしながら起業家とともに事業計画書を立案し起業に至ります.

─事業化された成功例を聞かせてください.

バイオ分野の成功例としては2009年に新規株式公開(IPO)を果たしたテラ株式会社があります.同社は,東京大学医科学研究所が開発した樹状細胞療法を中心に,複数の大学の技術を統合して2004年に事業化しました.UTECは創業初期から関与し,成長に合わせて継続的な支援を行いました.

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─どのような場合に失敗するのでしょうか?

一般的にベンチャーの成功率は10%未満といわれており,特にUTECが対象とするシード・アーリー段階では当然ながら不確定要素が多いためにリスクは高くなります.そのなかで,「取ってもよいリスク」と「取ってはいけないリスク」を見誤った場合に失敗するケースが多いと考えています.このように,一見ハイリスクに思える投資支援ですが,創業直後であれば戦略や組織を起業家とともに二人三脚でつくっていけるので,事業化に伴うリスクを最小限に留めることができます.

─研究者に伝えたいことがあればお願いします.

日本版バイ・ドール法(政府資金による発明を大学などに帰属させる制度)の制定や大学の法人化をはじめ,大学などにおける特許取得と活用に向けた環境は整いつつあります.しかし,実際に事業化に適したシーズに巡り合えても,「特許出願する前に発表してしまった」,あるいは「出願したが権利は日本に限定」など,特許戦略を克服できずに事業化を断念するケースがまだまだ多いのが現状です.もちろん,大学の本業は研究と教育ですので,成果をいち早く発表することの必要性は十分に理解していますが,知的財産を取得する重要性に対する意識が高まることで,優れた成果の社会への還元がさらに活性化すると思っています.

今回お話を伺ったUTECをはじめ,大学の技術移転機関であるTLOなどの研究者が成果の実用化を相談できる窓口や,行政による資金面での事業化支援制度が整備されてきている.研究室でのふとした発見を社会に還元するための1つの選択肢として,ベンチャーの起業を考えてみてはどうだろうか.

谷 友香子,飯島玲生(生化学若い研究者の会キュベット委員会)

※実験医学2012年9月号より転載