[Opinion―研究の現場から]

本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第52回 「伝える」から「伝わる」科学報道へ

「実験医学2014年10月号掲載」

科学研究において,ニュースや新聞などを通じた報道は,その成果を広く一般に「伝える」うえで,重要な役割を担っている媒体である.しかし報道は幅広い読者を対象とするため,「大衆性」を重視する傾向にあり,科学的な内容からの逸脱もしばしば見受けられる.また研究内容は「専門的」であるため,報道をするうえで高い科学リテラシーが要求される面もあり,科学的な理解や説明が不十分なままの報道も少なくなく,科学者側からは「研究の詳細をきちんと伝えないメディア」に対する不満の声が絶えない.科学者も納得できる「大衆性」と「専門性・正確性」を両立した報道が行われるために,われわれ科学者はどうしたらよいのだろうか.本稿では,科学者としてできる報道へのアプローチについて考えてみたい.

科学報道への関与といえば,科学者が「コメンテーターとして参画すること」が挙げられる.原発事故やiPS細胞などの報道を受け,科学者自身が報道に出ることも増えてきた.その言葉がそのまま報道される場合には「正確性」の維持は期待できるが,そうでない場合には,報道機関による「大衆性」のバイアスが「正確性」を欠いてしまう可能性をはらんでいる.「正確性」を保つためには,発信される段階まで,科学者が責任をもってチェックする積極性が必要だろう.さらに科学とメディアの関係性を研究している一般社団法人サイエンス・メディア・センター(Science Media Centre of Japan)の田中幹人博士に科学者がメディアに出るうえで注意すべき問題点を伺ったところ,「『専門家がどこまで政治的に発言し,またどこまで責任を負うのか』という専門家のアドボカシー(政策提言)の問題がある」と指摘した.単純に正確性が確保されればよいと考えるのは早計で,科学者はその発言が強い影響力をもつことを認識する必要がある.だからこそ,科学者のコメントが,政治的・商業的に都合のよいように利用されることもあるだろう.これらの可能性を考慮したうえで,参画する必要がある.

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一方,「報道機関に直接関わらない関与」はどういったものがあるだろうか.例えば,科学者自らが「インターネット上のSNSや個人ウェブサイトを介して発信する方法」や「地域での勉強会を開くなどのローカルな方法」が挙げられる.これらの方法は科学者が第三者を介さずに伝わるため,正確性を維持しやすく,機会や場所も選ばないという利点がある.しかし,前述の田中博士は「SNSは科学報道に良い変化を起こしているが,SNSの特性上,元来科学に興味がある方々のみとの情報共有で終了しやすい」と指摘する.つまり,“多くの人”に伝えるという点ではあまり機能していない可能性がある.自身が興味をもったことについて“ただ”書くだけでは身近な人にしか広がらない.より幅広い層に伝わる発信には,われわれが科学に「感動」したことが「伝わる」,いわば『感伝』するように書くことが重要なのではないか.Facebookでのシェア,Twitterでのリツイートなどの際,まずは,「論文リンクを“ただ”張る」から,おもしろさが伝わる一言コメントを追加することからはじめてはいかがだろうか.

いずれの方法でも,われわれ科学者が積極的に報道にかかわっていくことで,よりよい科学報道につながるに違いない.大切なのは,われわれが一科学者として,科学を正しく「伝える」だけでなく,より多くの人に「伝わる」ようにするための『感伝』の方法を見出していくことではないだろうか.

※一般社団法人サイエンス・メディア・センターは,RISTEX〔(独)科学技術振興機構・社会技術研究開発センター〕に採択された研究開発プロジェクトに基づき,設立された機関である.研究だけではなく,英国などのSMCと協力して,日本において科学とメディアのハブとなることを目指している(http://smc-japan.org/).

白井福寿,山元孝佳,馬谷千恵,村山 知,有馬陽介(生化学若い研究者の会・キュベット委員会)

※実験医学2014年10月号より転載

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