[Opinion―研究の現場から]

本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第60回 僕らの国籍はサイエンスである

「実験医学2015年6月号掲載」

私は2009年の春から日本にいる.日本国費フランス人留学生として東京大学大学院理学系研究科の博士課程に入学したのち,太田邦史教授のグループでストレス応答性非コードRNAについて研究を行い,2013年に博士号を取得した.現在は,東京大学の新しいリーディング大学院「統合人間学・多分化共生(IHS)プログラム」で特任助教をしている.

日本に留学しようと思ったのは父親のおかげだ.80年代の日本において,世界初のポケットコンピュータ(シャープPC-1210)等,さまざまな技術が開発された.エンジニアの父親にとっては,シリコンバレーよりも日本が魅力的だった.結局留学はしなかったが,本棚に日本語入門の本が並んであるまま,私に毎日のように日本の話をしてきた.小さい頃から,「君は海外に行くチャンスがあったら,そのチャンスを捕まえろ」とも良く言われた.私は海外に行きたいと思うようになったのは学部卒業前後だったが,その影響を受けて父親が憧れた日本を留学先として選んだ.

日本での研究生活も6年目になり,自分と逆の立場(海外で活動したい・している日本人)の人間と話してみたらおもしろいなと思い,2014年度日本分子生物学会のto wwwUJA(United Japanese researchers Around the world)のフォーラム(留学のすゝめ)に参加した.日本に来てはじめて参加した2011年度の分生もパシフィコ横浜だったなと懐かしく思いながら,UJAフォーラムの会場に入って前の席に座ってみた.一番印象的だったのは,「海外で研究室を立ち上げたい」という夢をもっている人が何人もいたことだった.その夢をもっている人が実際その夢を実現している人に相談をしている姿も心強かった.また,日本人ではない私がUJAフォーラムに参加しても,フォーラム後のパーティーまでおおらかに受け入れていただいたことも嬉しかった.日本人のアイデンティティを大事にしながらも「僕らの国籍はサイエンスである」というような心意気で盛り上がっている人の集まりだった.

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「テツヤ、ディスカッションしようか」

UJAフォーラムでは,留学中の日本人による発表を聞きながら,環境とアイデンティティの関係性について考えさせられた.留学先が決まるまでの道はいろいろあって大変だが,留学先に行ってからは凸凹だと言える.「自分が知らない環境に飛び込んでみて,自分がどう成長していくかというのを観察することを実験に見立てるならば,何をコントロールにすればいいのか.仮に自分が留学しなかったとしたら,どのような体験をしてどのような人間になったのかはわからない」と思ったりした.例えば,友達の結婚式によばれるときに「フランスの結婚式はどんな感じ?」と良く聞かれるが,フランスにいた頃は友達が結婚するような年齢ではなかったので,むしろ日本の結婚式しかわからない.要するにこれから大人として経験していく世界は日本文化が前提になって今までのアイデンティティと絡んでいくため,他のフランス人と少しずつ分化していくはずだが,結局どこにいても「私の国籍はサイエンスなので大丈夫だ」と安心している.

海外で活躍されている日本人のプレゼンを聴くのがすごく楽しくて,声をかけてくれた人にも感謝している.海外から分生まで来ることができる日本人はごく一部しかいないはずなので,海外にはかなりの数がいるのではないか.海外にいる日本人のネットワークが広がれば,留学したい人もいろいろな情報を手に入れやすくなって可能性が広まるに違いない.

ジョゼフィーヌ・ガリポン
(東京大学総合文化研究科リーディング大学院IHSプログラム教育プロジェクト「科学技術と共生社会」)

※実験医学2015年6月号より転載

実験医学連載 UJA Presents「留学のすゝめ」もぜひご覧ください!

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