[Opinion―研究の現場から]

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本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第77回 研究に大切なのは「努力できる環境」である

「実験医学2016年11月号掲載」

研究人生は茨の道だ.ありふれたフレーズだが,気づけば中堅とよばれる年齢に差し掛かって改めて思う.研究そのものだけでなくポスト争いや研究費の獲得など,それらは複雑に絡み合いながら多くの困難として研究者を待ち構えている.この世界の入口は至極曖昧でそこに立入るのは容易いため,毎年多くの「研究者の卵」が産まれるが,その後の道のりは鮭の遡上のごとく厳しく,生き残ることができるのはほんの一握りといってもよい.昨今,「努力」とか「頑張る」とかいう言葉は古臭いのかもしれない.しかし研究者に限っては絶対必要であると私は信じるし,多くの研究者の方々にも賛同いただけると思う.そのうえで私は最近,何よりもまず「努力できる環境」に身を置くことこそが重要であると感じている.

私は,博士課程から現在までの約15年間,同じボスの下でAIMという1つの分子に熱狂的に取り組んできた.宮崎徹先生との出逢いは1999年,修士課程1年の時に訪れた.当時所属していた研究室の指導教官と宮崎先生が知り合ったことが縁で,私は宮崎先生が独立研究員として所属(当時)していたスイス・バーゼル免疫学研究所に滞在する機会を得た.3カ月と短い期間ではあったが,それがはじめての海外留学であった私は,世界の名だたる免疫学者達がしのぎを削るバーゼル研の魅力に心酔してしまった.毎日が驚きや喜びの連続で,キラキラとした夏のスイスの3カ月の滞在を終えて日本に戻った後も鮮烈なこの経験が頭から離れず,修士課程後の進路に悩んだ末,結局,宮崎先生がPIとして移ったテキサス大学へと,海を渡る決断をする.

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テキサス大学には最初,委託研究員という形で留学したため,所属研究室の恩師である上野川修一先生や八村敏志先生,戸塚護先生をはじめとしたスタッフの皆さまに非常にお世話になった.ダラスでの生活は,研究するには最高だった.何もない平面がどこまでも続く街は,昨日できたと言われても疑わないくらい歴史を感じさせない.でもこの単純な土地の悪くないところは,全てが広々としていて,いつも空が真っ青で清々していたことだ.他にやりたいことが無いのでほとんどラボにいたし,実験のことばかり考えることができた.博士課程とポスドクとして計5年ほどダラスにいたが,人生でこんなにも何かに集中する時間をもつことができたのは本当に幸せなことだと思う.自分と見つめあい,細胞と見つめあい,マウスと見つめあう5年間は自分の研究者としての礎となった.

その後,宮崎先生のリクルートを機に,2006年にラボごと東京に移り,今に至る.当時は教授と私だけだったこのラボも,今は総勢15名ほどへと成長し,AIM研究も実を結びつつある.振り返ってみると,素直に自分は頑張ったなあという思いはあるが,実はやっている時はそのような意識はなかった.何も考えずに,ただ研究に没頭することができる環境にいたのだということに気づかされ,標題の思いに至る.努力できる環境に身を置かせてくれていたボスや両親や周囲の人々に感謝するばかりであり,そして実験しかしないことを許されていたあの頃が懐かしく,今は当時の自分を羨ましく感じる.

近年,努力すれば何かが得られる(かもしれない)状況が明確に残っている研究の世界は,茨の道ではあっても,幸せな職業だと思う.しかしながら科学の世界も20年前とは様変わりした.次々と技術が革新され情報が蓄積し,やがて飽和するに伴い,ルーチン化した研究 ,権威主義の横行といった,純粋な科学研究からの乖離が起こり,そして不正をはじめとした忌まわしい問題も明るみになったことで,今,科学者の真価が問われていると感じる.真っ当な努力が真っ当に報われるようなフェアな環境をこの世界に築いていくことが,これからのわれわれの役目なのかもしれない.

新井郷子(東京大学大学院医学系研究科)

※実験医学2016年11月号より転載

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本記事の掲載号

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