[Opinion―研究の現場から]

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本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第69回 モデル生物から非モデル生物へ

「実験医学2016年3月号掲載」

生命科学分野において数々の原理発見に貢献してきたキイロショウジョウバエは,自然界では,世界中の人家周辺に生息しさまざまな果物を食べる,きわめて柔軟な栄養バランス変化への適応能力をもつ種です.このモデル生物には,森や砂漠,渓流などの環境に特化した種を含む2,000以上の近縁種が存在します.このようなモデル生物の近縁種は,satellite speciesとよばれています1).本稿では,私がこれらの非モデル生物研究をはじめた経緯とその魅力についてご紹介します.

学位取得の目処が立ちはじめたころ,所属する上村研究室で引き続き研究の機会をいただき,新規プロジェクトを立ち上げることになりました.そこで,これまでキイロショウジョウバエで神経発生のゲノミクス解析2)を行ってきた私は,ショウジョウバエ近縁種間での比較オミクス解析に取り組むことにしました.ショウジョウバエ近縁種群は,キイロショウジョウバエと共通して使える実験手法に加え,分類学,生態学の知見も豊富で,20種以上のゲノム情報が整備されるなど数々の利点をもっています.これらをうまく活用しつつ,発生生物学やゲノムインフォマティクスの観点から環境適応を追究したいと考えたからです.まずは全国の研究室を訪問し,進化や生態学,食品科学など異分野の研究者30名以上と議論を重ねながら研究プランを練りました.

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研究内容としては,特定の果物や花のみを食べる近縁種が実験室標準餌では飼育しにくいことを出発点として,種間の栄養バランス変化への適応能力の違いに注目しました.学生とともに適応能力を比較するアッセイ系を樹立し,近縁5種を用いたRNA-seq解析やメタボローム解析によって,適応能力のある種とない種の間での栄養バランス変化への応答の違いが見えはじめています.この適応能力と自然界での食性との関係や,栄養バランスの実体を明らかにするために,野生のショウジョウバエが食べていた果物や花を野外採取し,食品成分分析も行っています.

非モデル生物研究をはじめてみると,キイロショウジョウバエがモデル生物の中でもひときわ実験に適したスーパーモデル生物とよばれる理由を実感しました.例えば,ある近縁種は産卵数が少ないことなどから,幼虫のサンプル調製や系統維持に大量の成虫を必要とします.非モデル生物でも使える実験デザインをうまく組み,多種類のデータを統合しながら現象を掘り下げていくことを心掛けています.

一方で,非モデル生物研究を通じて,野生の生き物を見ることの重要性も認識しました.野外で目にしたハエは,アリやクモ,カタツムリなどと共存しており,ハエたちが食べる餌も,幼虫の成長とともに発酵が進み,新鮮な果物や花とは全く別のものに変わっていきました.食品や微生物などの食べられる側と食べる側との関係,腸などの内臓の働き,季節とともに移り変わる木や草花とそこに住む虫たちなど,これまで全く目を向けていなかったことが,自分の研究に直結して鮮やかに映るようになりました.このような私たち自身の体験と軌を一にして,自然界に生息するさまざまな非モデル生物種に目を向ける意義を強調するエッセイや論文が次々と出ています3)

このように,実験室でのモデル生物研究だけでは得られなかった楽しみを味わっています.その反面,競争の激しいモデル生物研究以上に,知りたいことを明確にし,最善を尽くして研究を完遂することの必要性も感じています.ものを食べ成長し,次の世代へと命をつないできた私たち生き物の柔軟なシステムを,生体内の現象として理解していきたいと思いながら,大量のオミクスデータの解析や実験に励む毎日です.

文献

  1. Rowan BA, et al:Dev Cell, 21:65-76, 2011
  2. Hattori Y, et al:Dev Cell, 27:530-544, 2013
  3. Alfred J & Baldwin IT:Elife, 4:,2015

服部佑佳子(京都大学大学院生命科学研究科)

※実験医学2016年3月号より転載

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本記事の掲載号

実験医学 2016年3月号 Vol.34 No.4
病態を再現・解明し、創薬へとつなぐ 疾患iPS細胞
樹立より10年の時を経て難治疾患へ挑む

井上治久/企画
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