[Opinion―研究の現場から]

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本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第70回 若手研究者のグローバル化について考える

「実験医学2016年4月号掲載」

最近,筆者が大学構内を歩いているとよく目にする言葉がある,“グローバル化”だ.読者もご存知かもしれないが,2014年に採択された“スーパーグローバル大学創成支援事業”の影響だろう.実際,大学だけでなく政府や企業もグローバル化を推し進めている.グローバル人材,グローバル企業,グローバル大学…さまざまなグローバルがある.そもそも辞書的な意味でのグローバルとは「地域,国家という枠組みを超えた地球規模でのやりとりを行うこと」らしい.ひどく抽象的に感じられるのはグローバル化する対象によって意味合いが変わってくるためであろう.若手研究者の間でも“グローバル化”という言葉に対する注目度は高く,2015年8月,第55回生命科学夏の学校にてグローバル化をテーマにしたシンポジウムが開催された.本稿ではそのシンポジウムにて得られた気づきをもとに,「若手研究者のグローバル化」にフォーカスして考えてみたいと思う.

シンポジウム参加者に実施したアンケートでは,昨今のグローバル化を推し進める風潮に懐疑的な印象をもつという回答が過半数を占めた.筆者自身も普段行っている論文の国際誌への投稿,国際学会での発表などの研究活動はすでにグローバルなものであり,いまさら言われる必要はないと思っていた.それでは,なぜ日本はグローバル化を推し進めるのか? 「現実として国の予算は切迫しており,国際市場で日本をリードできる人材が求められている」とシンポジウム講師の坂本卓司氏(文部科学省)はコメントした.国の予算や経済情勢を常々意識している若手は多くないだろう.しかし,社会情勢の変化は,われわれの「職探し」にも大きな影響を与える.経済情勢が思わしくなくなると研究分野に対する予算も縮小され,その結果われわれ若手のポストも縮小される.国内のポストだけを考えているとやがて行き詰まる時代が来る.いや,もう来ているのかもしれない.われわれ若手も研究者として成功するためには,海外に目を向けたキャリア形成を考える必要がある.

10年後の成功を確実にするために必要な心得を,研究者ならではの視点で具体的に解説.

「やるべきことが見えてくる研究者の仕事術」

それでは,実際にわれわれ「若手研究者のグローバル化」とはどういうものなのか? 英語での論文執筆や,学会発表だけでは不十分なのだろうか? さらに語学力を高めればよいのだろうか?「グローバルな研究者とは何か」という問いに対して講師は「グローバル化に対応するとは,異文化を容認すること」(坂田恒昭氏:塩野義製薬),「異なる国や文化にも溶け込んで仕事ができる人材」(綾木光弘氏:綾木企画技術士事務所),「文化が異なる人とコミュニケーションをとり,同じ目標に向かえる力」(梅澤雅和氏:東京理科大学)とコメントした.表現は異なるが,各講師が同じことを言っている.例えば文化や習慣が異なる外国人とコミュニケーションをとりながら,研究を円滑に進めることは簡単ではない.自信をもってこれができるといえる読者は多くないだろう.グローバルな研究者とは,異なる文化にすばやく溶け込む姿勢や,自分のことを主張し認めてもらう能力をもった研究者を指すようである.

最後に,言うまでもなく,研究者として成功するためにはグローバル化することだけでは不十分だ.普段の研究活動のなかで専門性を磨き,スペシャリストになることが大事だと講師は言う.どのような環境で研究をするにしても高い専門性が求められるだろう.日頃から行っている研究活動を掘り下げつつ,留学や共同研究などを通して,異国の研究者とも積極的にコミュニケーションをとっていく必要があるのだ.グローバル化は,研究者としての活躍の幅を広げる手段の1つだ.昨今の社会が推し進めるグローバル化の流れをむしろチャンスだと捉え,世界に目を向けたキャリアを考えていくことは,これからの社会情勢のなかで研究者として成功する可能性を広げるきっかけになるのではないだろうか.

有馬陽介,小金丸利隆(生化学若い研究者の会キュベット委員会)

※実験医学2016年4月号より転載

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本記事の掲載号

実験医学 2016年3月号 Vol.34 No.4
明かされる“もう1つの臓器” 腸内細菌叢を制御せよ!
宿主との相互作用のメカニズムから便移植の実際、バイオベンチャーの動向まで

福田真嗣/企画
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