[Opinion―研究の現場から]

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本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第86回 若手研究者が独創的な研究を生み出すために

「実験医学2017年8月号掲載」

Nature Index 2017 Japanにおいて,日本の科学研究レベルがこの10年間で大きく低下したことが明らかにされた.日本の研究レベルを長期的に向上させるためには,若手研究者が独創的な研究を生み出すためのしくみづくりが必要不可欠である.そこで本Opinionでは,「独創的なアイディアをいかに生み出すか」という個人レベルの課題と,「そのアイディアを実践できる環境をいかに構築するか」という国家レベルの課題に関し,僭越ながら若手研究者の立場から私見を論じたいと思う.

独創的なアイディアを生み出すために重要なポイントは,極端な表現で述べるならば,なるべく研究をスタートさせない覚悟をもつことである.利根川進は「精神と物質」(文春文庫)のなかで,「何をやるかより,何をやらないかが大切だ……これなら一生続けても悔いはないと思うことが見つかるまで研究をはじめるな」と述べている.実際,一度研究をスタートさせてしまうと,新しいことを始めるのは難しくなってしまうものだ.

ではその覚悟ができたとして,どのようにすればおもしろいアイディアを見つけられるだろうか.そのキーワードは,「多産多死」である.トーマス・エジソンは,生涯に3,500冊ものノートをつくったが,発明に結びついたのはそのごく一部だった.つまり最初のステップでは,よし悪しを無視して大量のアイディアを生み出すことが重要なのだ.次のステップで重要になるのは,優れたアイディアを選択するための「基準」である.例えば,世界で最も影響力がある研究者のひとりであるGeorge M. Whitesidesは,「人々の考えに影響を及ぼすことができる研究」でなければ失敗と見なすと述べている.よい研究の基準はさまざまであるが,自分なりの確固たる軸をもち,それに適合するアイディアに取り組むことが重要であろう.

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私は2015年に,京都大学でパーマネント助教のポジションを得ることができた.そこで,オリジナルでおもしろい研究を立ち上げようと考え,前述の先人たちの教えを実践した.具体的には,学部生のころから少しずつ蓄積していた約500個の研究アイディアに対してWhitesidesの基準でセレクションをかけ,「神経系のハイスループット仮説フリーアノテーション法の開発」という研究テーマを選択した.このテーマは予備データが少ない状態にもかかわらずJSTさきがけに採択していただくことができ,現在はその実証に向けて邁進しているところである.

さて,「独創的なアイディアをいかに生み出すか」という先人たちの知見を述べてきたが,それを実行できる環境は日本には少ない.全く新しいテーマを始めようと思うと数年間は論文が出ないことも普通であり,長期的な雇用とグラントを大きく削減された日本では,そのようなテーマに取り組むこと自体,難しくなってきている.

それでは「独創的なアイディアを実践できる環境をいかに構築するか」という国家レベルの課題はどのように解決できるだろうか.よく言われるように,科学への投資を大幅に増加させることで,長期的なポジションとグラントを確保し,研究環境を改善することが重要であろう.このように述べると,研究者をそれほど優遇する必要があるのか,日本にそのような余裕はないのでは,という意見もあるだろう.しかし,競争力が落ちつつある日本だからこそ,本腰を入れて研究機関を支援する必要があるのだ.なぜなら,経済成長理論で著名なポール・ローマーやノーベル経済学賞受賞者のロバート・ソローが示したように,「経済を成長させるのは科学」だからだ.経済を発展させて競争力を維持するためには,最も投資効果が高い「科学」に資金を投下することこそ,長期的にみて合理的なのである.

青木 航(京都大学大学院農学研究科/JSTさきがけ)

※実験医学2017年8月号より転載

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本記事の掲載号

実験医学 2017年8月号 Vol.35 No.13
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実験医学編集部/企画,水島 昇/協力
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