[Opinion―研究の現場から]

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本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第90回 研究を突き動かす情熱の在り処

「実験医学2017年12月号掲載」

どうすれば研究へのモチベーションを高く保つことができるのか? 大学で研究をしていると,学生からこのような質問を受けることがしばしばある.よく言われるのは学会に参加することや,どこそこJournalに論文を載せるというような,明確な目標を意識することでモチベーションが維持し易くなるということである.確かに,これらの方法は一時的な動機付けにはなるだろう.しかしながら,研究は途方もなく長い戦いである.その場しのぎの方法だけでは,そのうちモチベーションの維持が難しくなる.本当の問題はもっと内発的な要因,つまり「情熱」にあるのではないだろうか.

私は学生時代から一貫して線虫という生き物を主な研究対象としてきた.実験医学の読者の多くは線虫というとモデル生物C. elegansを思い浮かべるだろう.C. elegansは非常に優れた実験動物であり,名前の通りたいへん美しい生き物だ.しかし,私が線虫研究にのめり込んだきっかけは全く別のところにあった.学生時代,農業に興味を抱いていた私はアルバイトでさまざまな農家さんのお手伝いをしていた.その際に農家さんが線虫という非常に厄介な害虫に苦しめられているのを知り,その生き物に興味を抱き研究をはじめることとなった.その後,農作物や樹木に病気を引き起こす線虫の研究をしていたが,利用できる研究手法に限界を感じ,博士号取得と同時に米国のC. elegansの研究室に飛び込み植物寄生性線虫のモデル実験系を構築することにした.新たな生物種を使ってモデル系を作る試みはなかなかたいへんで,フィールドでの線虫のサンプリング,生態調査,培養法の確立,ゲノム解析,遺伝学解析手法の確立など基盤作りだけで5年近くも時間がかかってしまった.

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しかしながら,新たなモデル系の立ち上げ中,具体的に目立った成果が得られない時期でもモチベーションが低下することはなかった.その理由は実験を開始する際の動機付けにあるように思う.研究では常に自分自身で手を動かし,疑問に思ったことや問題に思ったことに取り組んできた(取り組ませていただいた).この動機付けは学会に出ることや論文を出すことをめざして行う研究に比べると圧倒的に強い.確かに日々のPCR実験や培地作製のくり返しを多少面倒と感じることもある.実験が失敗続きでへこたれそうになることもある.しかし,常にその先にある大きな目標をイメージし続けることで案外すぐに立ち直ることができるものだと思う.また,もう1つモチベーションを維持できた理由をあげるとすれば,幸運にも日本学術振興会などの支援を受けることができ,経済的に比較的安定していたことがあると思う.生活が不安定な状態では思い切って新たな研究に挑戦することは多くの人にとって難しい.競争的資金獲得の重要性が増し,任期付ポストが増加している近年の研究環境では将来に不安を感じ,自らの情熱よりも成果ばかりに目がいきがちで,その結果研究へのモチベーションを維持することが難しくなるという悪循環が生まれる.もちろん,不安定さを意に介さず,自分の情熱の赴くままに前進し続けられる学生や若手研究者が増えることが一番望ましいが,政策の面から環境を改善していくことも必要だろう.

私が研究をはじめて間もない頃,当時の恩師から掛けられた言葉がある.「粛々と研究を進めなさい」.気合いたっぷりに研究に取り組んでいた当時の私には今一つピンとこない言葉だった.でも研究室を主宰する立場となった今はこの言葉の意味がよく理解できる.周りの声,結果だけに一気一憂するのではなく,心の声に従い大きな目標に向かって研究を進めることの難しさと重要さが.

新屋良治(明治大学農学部/JSTさきがけ)

※実験医学2017年12月号より転載

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本記事の掲載号

実験医学 2017年12月号 Vol.35 No.19
少数性生物学ってなんだ?
少数の因子が生命システムを制御する

永井健治/企画
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