[Opinion―研究の現場から]

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本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第89回 パーソナル・バイオテクノロジーの夜明け

「実験医学2017年11月号掲載」

コンピューターがパーソナルになり,そしてインターネットにつながり,個人が膨大な情報にアクセスできるようになって久しい.さらに,オープンデザインの設計環境や小型のCNC(コンピューター数値制御)工作機械も数多く開発され,個人が生活に必要なものを自分たち自身で実験しながらつくる試みを後押ししている.パーソナル・ファブリケーション(Fab)やメイカー・ムーブメント(Make)とよばれる動きが,この十数年のあいだに世界中に広がっている.

これらの動向は,小さなプロダクトから家具や建築まで,特に工学やデザインの分野を中心に活発であったが,いまやバイオテクノロジーにおいてもそれは例外ではなくなった.生命科学にかかわる多くの情報が公開されており,シークエンシングにかかるコストも急速に下がり個人でも手が届くようになってきた.実験に必要な機材に関しても,小型で安価なものが次々と開発されていると同時に,DIYでつくることができるようにその設計図がオープンライセンスで公開されているものもある.大学や企業に所属しなくても,個人がアクセスできるバイオラボのコミュニティが世界各地に立ち上がり,「バイオテクノロジーの民主化」の潮流がはじまっている.

このようなコミュニティとも連携する形で,現在私が所属している山口情報芸術センター[YCAM]でも,2015年から館内にバイオラボを設置した.子供から大人まで一般の人々にとって,これからの時代に必要な知見の1つとして,バイオテクノロジーについて体験や実験を通じて学ぶことができる場づくりに取り組んでいる.2016年には「キッチンからはじめるバイオ」をテーマにした展示シリーズを展開し,これまでに,野生酵母など発酵微生物の採集や培養,植物のDNAバーコーディング,土壌微生物のメタゲノム解析,ゲノムの解読された食材だけでつくる「ゲノム弁当」企画の実施,iPS細胞技術を用いた作品紹介などをおこなってきた.

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「次世代シークエンス解析スタンダード」

特に植物のDNAバーコーディングは,山口市の森で一般参加者向けのワークショップとして開催した.アーカイブはウェブサイト「森のDNA図鑑」に公開している.現在は,フィールドでDNA解析できるようにポータブル・シークエンサーの実験にも取り組み,ワークショップのブラッシュアップをすすめている.

ワークショップ参加者の声をはじめ,これまでの取り組みの反響から改めて感じるのは,専門家と一般の人々の溝を埋める学びの場の重要性とその需要の大きさである.研究機関や産業の間で急速に広がるバイオテクノロジーに対して,個人が実験しながら学ぶことができる環境は非常に限られている.しかし,個人がバイオテクノロジーについて多角的に学び,各々の生活を向上させることの可能性や社会的意義は大きい.

もっとも,バイオテクノロジーは,自分たちの衣食住から身体や考え方にいたるまで大きく影響を与えるものであり,技術の進展にあわせて私たちに安全性や倫理面の問いを投げかける.近年では,シークエンシングだけでなく,合成生物学やゲノム編集の技術も身近になってきている.バイオテクノロジーにおける「読み書き」が個人にとって必要なリテラシーとなる日はもうそこまで来ている.

津田和俊(山口情報芸術センター[YCAM])

※実験医学2017年11月号より転載

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