[Opinion―研究の現場から]

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本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第99回 長く続く若手の会の秘訣って何?

「実験医学2018年9月号掲載」

若手研究者コミュニティ(若手の会)は全国に多数存在するが,長期継続が難しいという声を聞く事がある.若手を一時的に集めるだけでなく,運営側まで世代交代し続けるとなると,卒業や異動がネックになり難しくなるようだ.では,長く続く若手の会にはどんな秘訣があるのか.

われわれの所属する「生化学若い研究者の会」(生化若手)は創立60年の歴史ある会だ.1958年の生化学会大会の「自由集会」が起源で,若手にまつわる諸問題を考える目的で立ち上げられた.発足当初から電話や郵便を駆使して大学間で情報共有が行われ,年に一度「夏の学校」(夏学)を開催し,先輩から後輩に文化が受け継がれていたという.時代は変わり,情報共有にはメールやwikiが用いられるようになったが,根底に流れる精神は変わっておらず,われわれは今もバトンを受け渡し続けている.

この「バトンの受け渡し方」が仕組みとして確立されている事が,若手の会の長期安定の第一の秘訣だ.そこにはある種のエコシステムが存在する.生化若手は夏学実行委員会,8つの地方支部,アウトリーチ組織のキュベット委員会から成り,各部局間はメーリングリストでイベント情報などを共有している.夏学期間中には会場でスタッフ説明会が開催され,直接スタッフが勧誘を行う.夏学後にも各支部で打ち上げを兼ねた説明会があり,夏学と支部の人材の連携が図られる.定期的にスタッフが加わる体制が重要なのだ.

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第二の秘訣はスタッフになるメリットの存在である.生化若手では,自分の行いたい企画を考えるだけでそこに至る道筋がサポートされ,個人で一からノウハウと活動資金を集めるのと比べて負担が小さい.最初にスタッフになった時,誰もが右も左もわからない.しかし生化若手にはマニュアルがある.例えば登壇を講師へ打診するメールの雛形があったり,過去の夏学の開催経緯がwikiで確認できたり,蓄積された情報が整理されている.このようにアイデアを実現しやすい環境があるほか,企画を通じて得られる先生方や仲間との繋がり,組織運営のスキルなど,キャリア形成に役立つリソースも得られる.

第三の秘訣は部署の細分化と,その各部署でスタッフが育つ体制だ.夏学はワークショップ,シンポジウム,企画,会場,企業広告,ポスター・要旨集,Web,Tシャツ,会計など係が分かれており,それぞれ係長がいる.はじめはどこかの係に参加し,活躍が認められると翌年の係長,そして実行委員長や事務局長,とキャリアアップのしくみが確立されている.こうして,会を引っ張っていける人材がコンスタントに供給される.

秘訣の4つ目は長く続いている事自体であり,それは会の信頼感を生み出す最大の強みだ.PIの先生方でも,当会の存在をどこかで耳にされた方は多いのではないか.実際イベント参加者からも,教員や先輩に薦められて会を知ったという話をよく聞く.OBに講演を依頼して企画がつくられる場合もある.また,過去のイベントの蓄積があればこそ,毎年内容は進化し続けられる.逆に,歴史がない新しい若手の会も,長く続く会と連携する事でノウハウが共有でき,人を集めるきっかけが得られる.もし読者のなかに会の立ち上げや存続に悩んでいる方がいれば,まずは近い分野の会に協力を求めてみてはいかがだろうか.関連学会でよびかけを行うのもよい.

以上,生化若手を例に,若手の会が長く続く秘訣を考察してきた.生命科学には新分野が次々誕生し,持続性だけでは評価され難い時代になったが,長期安定と新しさの組合わせから生まれるものも多い.われわれ若手の会においても,過去のよい点は利用し,硬直した点は革新し,常に新しい風をもたらす組織が望まれるところだ.

宮本道人,西村亮祐(生化学若い研究者の会キュベット委員会)

※実験医学2018年9月号より転載

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本記事の掲載号

実験医学 2018年9月号 Vol.36 No.14
疾患を制御するマクロファージの多様性
マクロファージを狙う治療戦略の序章

佐藤 荘/企画
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