[Opinion―研究の現場から]

  • [SHARE]
  • Send to Facebook
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第138回 夢を叶えるための研究とビジネスコンテスト

「実験医学2021年12月号掲載」

「ヒトの血液型は4種類ありますが,腸内環境にも3つの種類があることがわかってきました.また,腸内環境の違いによっては,例えば同じヨーグルトでもその効果が違うことも示唆されています.もしかしたら,将来,各腸内環境専用のヨーグルトが開発されるかもしれませんね.」

たまたま聴講した講演で,ある微生物学者から聴いた話である.私は衝撃を受けた.幼い頃から叶えたかった私の夢は,腸内細菌を研究すれば実現できると確信したからだ.その夢とは,個々人の体質改善をもたらすレシピの考案である.

そもそもこの夢を抱いたきっかけは,幼い頃の私の体質にある.軽度だが食物アレルギーがあったため,食べられるものの選択肢が少なかったのだ.周りの友達には,食の選択に何の制約もないことが羨ましかった.そのため,当時の将来の夢は,管理栄養士になり,体質改善やアレルギー治癒につながるレシピを考案することだった.そして,そのレシピを普及させ,皆が食を楽しめる世界をつくりたいと思っていた.しかし肝心の,個々人の体質改善をもたらすレシピは,何にもとづけば実現できるのか,考えあぐねていた.

そんなときに聴いたのが,冒頭の講演である.近年,腸内環境の個人差や免疫との関連性が明らかになってきている.このことから,個々人の体質改善をもたらすレシピは,個々人の腸内環境から予測できるのではないかと考えた.構想を実現すべく,腸内細菌を研究しようと決めた.

[オススメ]申請書の書き方を中心に,応募戦略,採択・不採択後の対応などのノウハウを解説.

「科研費獲得の方法とコツ 改訂第7版」

念願叶い,私は今,大学院で腸内細菌の研究をしている.しかし,研究は,私を構想の実現に近づけるどころか,とてつもない挑戦であることを思い知らせた.そもそも,摂取した食品と腸内環境に現れる変化には個人差がある.また,食事時には複数の食品を同時に摂取するため,体に与えられる影響は簡単には予想できない.単一食品はおろか,いくつもの食品による腸内環境の変化の定量や,その変化の因果関係の解明は困難をきわめるのだ.つまり,体質改善に最適なレシピを腸内環境から予測することは,現在の研究のさらに先に実現できることなのである.

一方で,別の希望も見えてきた.昨春,横浜市で開催されたビジネスアイディアコンテストで,これまでの研究で得た知識とかねてからの構想をあわせた案を発表した.その際,ありがたいことに学生部門優秀賞をいただいた.受賞によって,構想の応用場面や実現時に予想されるインパクトを確かめることができたのだった.出場までに,周囲の人へ案を相談し,さまざまな指摘や意見をもらった.それによって,構想を実現するまでにできることがまだまだあると気づけた.これらは一人で構想を練ることや,研究をしているだけでは得られなかった.現在も,周囲の力を借りながら事業案を練り上げている最中である.

もう5年ほど前のことだが,大学入学後すぐ,現在の指導教官に私の構想を伝えたことがあった.すると,実現の難しさをそっと指摘された.同時に,「勉強や研究以外にもいろいろなことに挑戦し,広く世界を知るとよい.」との言葉をいただいた.今まで夢を諦めなかったのも,コンテストに出場したのも,この言葉による後押しがある.食で体質を改善することは前途多難である.しかしそれでも,構想に対する思いは変わらない.20数年来の夢を叶えるまで,私は研究と挑戦を続ける.

※ 2011年に論文にて提唱された概念で,学術的には,“Enterotype”とよばれている.Arumugam M, et al:Nature, 473:174–180, doi:10.1038/nature09944(2011)

千葉のどか(東京工業大学生命理工学院 生命理工学系生命理工学コース 修士課程2年)

※実験医学2021年12月号より転載

Prev第138回Next

本記事の掲載号

実実験医学 2021年12月号 Vol.39 No.18
みんなのバイオDX
公共データの海で宝探しをはじめよう

坊農秀雅/企画
サイドメニュー開く

TOP