[Opinion―研究の現場から]

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本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第161回 「ゆるふわ生物学」:ゆるくもガチなアウトリーチの試み

「実験医学2023年11月号掲載」

学術研究と一般社会の間の溝の問題が取り沙汰され,研究のアウトリーチ,サイエンスコミュニケーションの活動が重視されるようになって久しい.ところが,東日本大震災に続く原発事故,COVID-19パンデミック,最近ではALPS処理水の問題など,科学と社会の関係性は依然として満足のいくものとは言い難い.読者諸氏もプレスリリースや公開講演会,またSNSでの発信や動画の作成などの役割を担う機会も多いであろう.しかし,科学的に誠実な情報発信はオーディエンスの獲得には効果的ではなく,一方で極端な単純化やセンセーショナルな発信は正確性に欠けるというジレンマに直面しがちではないだろうか.

われわれはYouTubeにおいて「ゆるふわ生物学」というチャンネルを立ち上げ,より「ゆるい」形での生物学,特に進化学分野からのアウトリーチ活動の形を指向して2020年から3年間ほど活動してきた.大学院生,ポスドク,民間企業所属者などからなるわれわれの活動では,従来のアカデミアからの発信よりも自由でありながら,アカデミアや公的機関からの信頼を得ることの両立を主眼においてきた.具体的には,人気テレビゲーム作品等を生物学的な観点から紹介,解説する動画を投稿し,生物学にこれまで全く馴染みのなかった20〜30代の視聴者層を中心にチャンネル登録者数3万人以上,総再生回数300万回以上を達成することができた.

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本活動で得られた成果で最も大きいと考えているのは,そうした「ゆるい」動画で一度獲得した視聴者層を,より「ガチ」なコンテンツに誘導できたことである.博物館,水族館や学会との公式コラボレーション,ゲスト研究者を招待しての研究紹介など,多岐にわたる企画を実施している.それにより,単に短時間での動画の消費で終わらず,より持続的に科学への親しみを増す効果を狙っている.また,研究クラウドファンディングプロジェクトの紹介動画が最大10万回再生に達するなど,より直接的に学術研究を支援する企画も実施している.さらに,動画のみでは伝えるのが難しい進化学のエッセンスを,クイズとマンガを交えることでわかりやすく伝える書籍『ナゾとき「進化論」 クイズで読みとく生物のふしぎ』(KADOKAWA)も出版した.

このような成果が得られた背景には,以下の点が大きく寄与していると考えている.

・専門的な知見を活かして独自性のあるゲーム解説を行うコンテンツに人気が出ているという追い風に乗ることができたこと.

・「ゆるい」動画でもファクトチェックを行うなど,アカデミアからの信頼を勝ちとるように注意を払っていたことで,その後「ガチ」なコンテンツを提供する際に協力が得られたこと.

・科学的な目線で事物や現象を解釈,考察していくというプロセスは,仮想の世界を対象としても,現実の世界を対象としても大きくは変わらないため,「ゆるい」路線で獲得したオーディエンスはきっかけさえあれば「ガチ」路線のコンテンツも楽しめること.

・「ゆるい」路線で人柄がわかり親しみをもったメンバーがそのまま「ガチ」なコンテンツを提供することが科学に改めて興味をもつ絶好のきっかけとなったこと.

こうした活動が評価され,光栄なことに昨年には日本進化学会から教育啓発賞が授与された.生物学や医学の他分野で全く同様の活動が成功するような再現性はないであろうが,これまでとは一風変わった,時流に乗ったアウトリーチ活動を行うことで成果を上げる余地があるということを示す一例にはなったのではないだろうか.今後,他にもユニークな活動が増えていくことを期待している.

黒木 健(東京大学大学院理学系研究科),三上智之(国立科学博物館/日本学術振興会特別研究員PD)

※実験医学2023年11月号より転載

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本記事の掲載号

実験医学 2023年11月号 Vol.41 No.18
次世代CAR-T細胞
効果を高めるメカニズムを解明し、固形がんへと射程を拡げる

保仙直毅/企画
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