[Opinion―研究の現場から]

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本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第162回 Microbes Actually 〜セカイは微生物に満ちている

「実験医学2023年12月号掲載」

日々,人々は微生物と共生していると意識して暮らしているだろうか.私は現在,微生物の研究事業を生業としているが,まずは私と彼らの出会いについて語りたい.

私の子ども時代はPCを自作して遊ぶのにとにかく夢中で,学校での生活態度は不真面目な少年だった.高校に入学すると,いよいよ偏差値教育に馴染めなくなった.私の出身は山形県で,近所には慶應義塾大学の研究所があった.勉強へのヒントはないかと見学会に行った.そこで,当時の所長に「勉強は研究のためにある.研究でわからないことがあれば勉強すればよい」と言われ,とりあえず研究をはじめた.そこでもらった研究テーマが微生物だった.はじめはピンと来なかった.微生物は目視できないからだ.程なくして,ゲノムシークエンス解析に出会った.微生物のゲノム配列を計算機で計算することでその特徴や機能を明らかにしていく行為はパソコン好きの自分にはぴったりだった.皮膚や腸内など体中に微生物がいて,独自のコミュニティを築いており,そのバランスや多様性が失われることでさまざまな健康上の悪影響が生じるらしい.

研究を続けるため大学に進学した2015年,米コーネル大学からある論文が発表された.その研究では,地下鉄から収集されたDNAのうち半分は微生物であると報告されていた.「私たちが暮らす都市には見えない微生物たちがたくさん存在する」という事実に衝撃を受けた.そこで,世界規模で都市の微生物を調査する国際コンソーシアムに協力しつつ,学生団体を立ち上げて日本の都市の調査に乗り出した.その結果,都市は主にヒト由来微生物で構成されており,除菌や殺菌によって偏りが生じている可能性が見えてきた.研究成果を学会で発表すると「どのように都市の微生物のバランスを保って多様性を高めればいいの?」という質問を多くいただいた.腸内にとってのヨーグルトのような存在,これが都市にも必要かもしれない.

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現在は,株式会社BIOTAを設立し,微生物研究事業で得られた成果をもとに,空間創造事業(建築・緑地設計,素材開発)を行っている.また,一般的に「菌=バイ菌」と想起される側面を払拭すべく,文化醸成にも力を入れており,日本科学未来館の常設展示「ビジョナリーラボ セカイは微生物に満ちている」を総合監修させていただいた(2022年4月から’23年8月まで公開).

本展示では微生物の基礎知識を,社会での微生物の活用事例やヒト常在菌をテーマに解説し,メタ解析によって都市の微生物の多様性や種類の偏りを可視化し,そこから生じうる社会問題として,免疫発達等について問題提起した.そして,実寸大の生活空間(キッチン,リビング,庭園など)に,微生物多様性を高めるアイデアやアート作品を散りばめた.建築,アート,SF小説など多面的なアプローチを施し,崩れかけている関係性を再構築するべきではないのかという問いを投げかけた.

さて,本展示の英題「Microbes actually are all around」は,映画「Love Actually」の冒頭で流れる語りから引用した.本当に大切なモノ(愛も微生物も)こそ目には見えないものだと実感させられる.しかし,見えないながらも存在を認知し受け入れることはできるはずだ.

社会全体の微生物への理解は依然として低く,当分は除菌・殺菌ブームが続くだろう.しかし,地球のどこにでも(あなたの腸内にも家や職場にも)存在し,分解者として生態系の根幹を担い,生物多様性の大部分を占める微生物の存在を完全に排除して生きていくことは不可能に思える.だからこそ,時間をかけて「微生物とともにある都市」デザインをじわじわと社会に浸透させ,いつの間にか微生物インフラにさえなる社会を実現したい.まるで木桶の中でふつふつと静かに沸き立つ発酵現象のように.

伊藤光平(株式会社BIOTA)

※実験医学2023年12月号より転載

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本記事の掲載号

実験医学 2023年12月号 Vol.41 No.19
炎症老化 Inflammaging
老化に伴う慢性炎症を紐解き、加齢関連疾患の制御へ

尾池雄一,真鍋一郎/企画
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