[Opinion―研究の現場から]

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本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第164回 高専教員がコミュニティラジオで蒔く科学の種

「実験医学2024年2月号掲載」

理科離れや少子化の影響もあり,筆者の勤める高等専門学校(高専)でも志願者確保が課題となっている.科学分野のアウトリーチ活動というと昨今はYouTubeなどの動画投稿サイトが真っ先に思い当たるが,配信者はほぼ飽和状態であり視聴者層が固定化されていると思われ,新規参入したり動画の本数を増やしたりしても視聴者の母数の増加には必ずしもつながらない.動画投稿サイトのような視聴者がコンテンツを見つける「能動的メディア」に対して,テレビやラジオのような「受動的メディア」がある.まるで時代を逆行するかのようであるが,視聴者の意思と関係なく目や耳に飛び込んでくる受動的メディアはむしろ新たな層の開拓に適している.なかでも目をつけたのがコミュニティラジオである.地域に目を向けたコミュニティラジオ局の数はじつは増加傾向にあり(2021年11月5日時点で337局),地域の学生を獲得したい高専とは同じ方向を向いている.ラジオを聴取している生徒児童の数は多くはないだろうが,実質的に進路選択をする家族に訴求することができる.そのため子ども以上に大人の聴取者を強く意識することにした.

こうして筆者の専門である有機化学を題材にしたラジオ番組「こじまはかせの有機物ラジオ」(毎月第3土曜16:00~16:20,https://775maizuru.jp/programs/programs-26789/)がコミュニティラジオFMまいづるで2023年4月にスタートした.有機物と言われても馴染みのない聴取者が大半だと思うが,プラスチックなどをはじめ私たちの生活のなかに有機物は広く深くかかわっている.しばしば「音声しかないラジオで,化学を満足に伝えられるか」と訊かれることがあるが,原子や分子は小さすぎて目で見ることはできない.教科書や参考書には“わかりやすく”絵が描かれているが,それでも「目で見えないのに分子って本当にあるの?」と言われてしまう.それならば無理に見せようとしなくてよいのではないか?と考えて発想の転換をしてみると,音声という限られた情報のもとでは聴取者が否応なく想像を膨らませることになり,むしろ化学の本質が伝わりやすいことに気がついた.耳が向くようなキャッチーな話題さえ用意できれば,あとはラジオの特性として「小難しいけれどなんとなく気になる」というモヤっとした面白さを伝えることができる.

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高専教員が番組づくりをすることにも意味がある.番組には高専の学生にゲスト出演してもらうこともあり,学校や寮にこもりがちな学生と地域をつなぐことができる.ある大学のゼミでプラスチックごみに関するフィールドワークが舞鶴で行われた際に取材をさせていただいた.化学やプラスチックに関する知識がある高専教員ならではの見地が番組づくりに活かせる好例である.普段は上陸が許可されていない無人島での取材だったが,取材翌日には定置網漁の漁船にも乗船させていただいた.こうした協力が得られるのは地域に根差したコミュニティラジオの底力があるためで,これがもしYouTubeでは実現できなかった可能性が高い.また,リモートで遠方からも出演できるなど,ラジオの可能性は思いのほか広がっている.

高専教員としてラジオパーソナリティをしてみると,当初思い描いていた以上に自分にも高専にもラジオ局にも地元住民にもメリットがあることがわかってきた.高専とコミュニティラジオという組み合わせは,全国に点在する多くの高専で展開することができる.今後,コミュニティラジオを足掛かりにした各地での科学啓蒙活動の広がりに期待を寄せている.

小島広孝(舞鶴工業高等専門学校/奈良先端科学技術大学院大学)

※実験医学2024年2月号より転載

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本記事の掲載号

実験医学 2024年2月号 Vol.42 No.3
不妊の原因解明に挑む生殖細胞研究
発生と老化の時間軸で卵子・精子の動態を解明し、新たな生殖医療の創出へ

石黒啓一郎/企画
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