[Opinion―研究の現場から]

本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第181回 研究費はどこから来るのか,研究費は何者か,研究費はどこへ行くのか

「実験医学2025年7月号掲載」

研究にはお金がかかる.試薬・備品にかかる費用はもちろん,人件費や旅費,論文の掲載料など,何をするにも出費は避けて通れない.ではそれらの資金はどこから捻出されているのだろうか.

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「科研費獲得の方法とコツ 第9版」

文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の報告によると,国立大学の研究予算執行総額は,年間約1.5兆円である(2022年度)1).そのうちの約1兆円は運営費交付金が占めており,その他競争的資金等の予算を含めると,政府系予算全体からの支出が約1.3兆円となる.研究費の8割は政府系予算に依存しているのだ.

財源を政府系予算に単一依存していると,時の政権の方針や情勢によって,研究費を取り巻く環境は大きく変化しうる.2004年には国立大学の法人化がなされ,選択と集中の方針の下,年間約1,500億円の運営費交付金が段階的に削減された.2009年に民主党政権の事業仕分けによって,多くの科学技術関係予算が削減されたことも印象深い出来事だ.

2025年に入ってからは,米国で発足間もないトランプ政権が,NIHグラントの間接経費を年間約40億ドル分削減することを決定し,大きな混乱を招いている.日本でも所得税控除額の引き上げによる税収減少の可能性や,円安・物価高の情勢によって研究費を取り巻く環境はさらに厳しくなることも予想される.研究という営みの持続可能性を担保するためには,政府系予算だけに依存せず,研究財源の多元化をめざすことが重要である.

そのために,われわれ研究者には何ができるだろうか.NISTEPのデータでは,政府系予算以外にも企業等からの拠出が約900億円(約6%)を占めている.自身の研究や技術についても,論文化のみに集中するのでなく,企業等の営利活動とシナジーを生む可能性を模索することが,共同研究費として予算を拡充することにつながるだろう.研究者側からの具体的なアプローチが難しい場合は,株式会社リバネスが提供する“L-RAD”のようなサービスを利用するのも手だ.L-RADでは,研究アイデアを研究費の申請書のような形で登録しておくと,興味をもった企業が閲覧し,共同研究を開始できるしくみが構築されている.

企業との親和性が低い研究であっても,個人からの寄付によって研究費を拡充することが可能だ.京都大学iPS細胞研究基金は,精力的な広報活動の甲斐もあり今では年間30億円もの寄付を集めているが,その大部分は個人からの寄付である.また,クラウドファンディングによって広く個人から研究費を獲得する手法も普及し,なかには1,000万円を超える金額を獲得するプロジェクトも現れてきた.

研究は魅力的で価値のあるものだ.それを支援したい・利用したいという潜在ニーズを掘り起こすことができるのは,他ならぬわれわれ研究者である.研究を対外的にアピールしてその面白さや価値を実感してもらうことが,研究支援の裾野を拡げ,研究自体の持続可能性を担保するうえで重要となるだろう.

日本免疫学会が毎年夏に行っている“免疫ふしぎ未来”というアウトリーチイベントでは,1,000名を超える幅広い年代の来場者が研究者と交流を行い,好評を博している.組織ぐるみの活動でなくとも,近年ではSNSを介して研究者個人が情報発信をすることも容易になった.研究室の公開や出張講義などの取り組みも,研究を身近に感じてもらうために有効な手段である.未来の研究費の行く末は,われわれ研究者自身の手で切り拓けるはずだ.

(本稿は政府系予算以外の研究財源の可能性を再考するもので,政府系予算の縮小を肯定する意はないことにご留意いただきたい.)

文献

  1. 文部科学省科学技術・学術政策研究所:科学技術指標2024. https://www.nistep.go.jp/research/science-and-technology-indicators-and-scientometrics/indicators

井口聖大,赤瀬太地(生化学若い研究者の会 キュベット委員会)

※実験医学2025年7月号より転載

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本記事の掲載号

実験医学 2025年7月号 Vol.43 No.11
特集1:疾患の運命を握るRNA修飾 技術革新が紐解くがん・代謝・免疫との新しい関係/特集2:創薬スタートアップの先駆者が語る掟と現実 「谷」を越えるチームづくりから知財戦略・資金調達まで

魏 范研,鈴木 勉/編,深津幸紀/企画
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