本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)
学際的研究とは,異なる分野や学問領域の知識や手法を組み合わせ,新しい視点や解決策を見つけることを目的とした研究のことである.顕微鏡は,物理,化学,工学の先端技術が融合した技術であり,まさに学際的な研究ツールであるといえる.われわれ学際的顕微研究領域若手研究部会(https://sites.google.com/view/microscopy-wakate)では「顕微鏡」をキーワードとして,物理,化学,生物,医学などさまざまなバックグラウンドをもつ若手の研究者が集まり,交流を深めている.
研究会は基本的には近しい分野の人々同士が集まりやすい.顕微鏡と一口に言ってもそのなかには光学顕微鏡,電子顕微鏡,AFM(原子間力顕微鏡),画像処理など多種多様な技術が存在するため,それぞれの技術者同士が集まる傾向がある.しかし,工学分野では一般的な顕微鏡技術が生物学分野ではほとんど利用されていないこともある.また,生物学で生まれた光学顕微鏡や画像解析の新しい理論が,化学や材料科学の観察技術の発展につながる可能性もある.顕微鏡という同じ研究ツールを用いている人々が交わらないことは非常にもったいない.しかし,学会では他分野の研究者と気軽に対話する機会が限られているのが現状だ.
学際的な研究交流は分野の垣根を超えたブレイクスルーをもたらす可能性を秘めているが,自然発生的に生まれることは稀である.多様なバックグラウンドをもつ研究者が集まり,研究だけでなく雑談も交えながら交流することが重要である.そのような問題意識のもと,われわれは5年前に「学際的な顕微鏡研究」をテーマとした若手研究者の集まりを始めた.他分野の研究者が継続的に集まる場をつくることには依然として困難を感じているが,現在うまく運営できているのは,材料系の研究者や企業の若手研究者たちを含め,メンバーの波長が合ったことが大きいと考えている.異なるバックグラウンドの人々は,研究,教育,仕事にかける時間の使い方も自分とは異なるため,学際的交流を通じて多様な働き方が学べることはたいへん有益である.
昨秋,九州大学で若手シンポジウムを開催した.身体の左右差,タンパク質の構造解析,鉄鋼材料,原子や電子の顕微鏡観察まで,トピックは多岐にわたった.講演内容は学術的に充足したものであったが,質疑応答では『北斗の拳』のサウザー(内臓が左右逆のキャラクター)と左右差研究との関係についての質問が飛び出すなど,非常にフランクで活発な議論が展開された.特に学際的な発想の誕生を感じたのは,「分子の釣り針法」という顕微鏡技術の講演でのことだった.この技術は,カーボンナノチューブの先端に標識を付け,目的の化合物を釣り上げる手法である.まだ生物学では広く使われていないが,「タンパク質の構造解析での応用は可能か」という活発な議論が交わされた.タンパク質研究への応用可能性を聞くと,自身の研究にもつながるのではないかと考え,他分野の研究を新たな視点で捉えることができた点が非常に有意義であった.
異なる分野の研究者が出会うことで生まれる「化学反応」は,単一の分野だけでは決して生まれなかった発想につながる.今後もこうした交流の場を大切にし,分野の壁を超えた議論を続けることで,顕微鏡技術の新たな応用と発展に貢献していきたい.研究者同士のフランクな対話から生まれる知的好奇心と創造性こそが,学際研究の真の醍醐味であり,これからの科学の発展に不可欠な要素だと確信している.
柏木有太郎(日本顕微鏡学会学際的顕微研究領域若手研究部会/東京大学大学院医学系研究科)
※実験医学2025年6月号より転載