[Opinion―研究の現場から]

本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第182回 お酒があってもなくても:楽しい場のつくり方

「実験医学2025年8月号掲載」

飲み会は,肩書を一時的に外してコミュニケーションをとることができる(可能性のある)場である.コロナ禍を経た今,学会などで懇親会が再び行われるようになったのも,研究という人間活動において,飲み会が立場や分野を超えた思わぬつながりや対話を生んできたからだろう.実際,こうした場での雑談が研究のヒントにつながったり,共同研究のきっかけとなることもある.つまり,飲み会は研究を進めるうえでの見えないインフラとして機能する側面があるのだ.一方で,お酒が苦手な人にとっては飲み会という場自体に抵抗感を抱くこともあるだろう.このような価値観の多様化やライフスタイルの変化を背景に,研究者の間でも飲み会のスタイルに変化がみられるようになった.そこで,本稿では人が集まる多様な「場」に注目したい.なお,筆者は人見知りの性格である.話題ゼロから誰とでも話ができるような性分ではなく,話題がない状況では何を話せばいいかとオドオドしてしまう人間だ.そんな博士課程学生である筆者の経験を踏まえつつ,できる限り多くの人が心地よく参加できる交流のかたちについて考えたい.

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「科研費獲得の方法とコツ 第9版」

筆者が所属する生物物理若手の会は,毎年「夏の学校(以下,夏学)」という合宿形式の研究会を企画している.全国の生物物理系の大学生らが参加し,講師の先生方による講義とポスター発表などの交流が目玉だ.研究という共通言語があり,参加者の歳も近いおかげで,人見知りの筆者でも交流を楽しむことができる研究会である.2024年の夏学は,筆者在住の北海道にて開催されることとなり,運営メンバーの一員として携わった.この夏学では,よりインタラクティブに参加者が交流できることを目標に掲げた.この目標を達成するため,校長(夏学の代表)の柴垣光希さんを中心に私たちは「地酒ファンド」と称した企画を実施した.事前に寄付を募り,運営が飲み物を購入し,ポスターセッション時にふるまうというものである.地元の酒販店と協力し,樽生クラフトビールや北海道産の地酒を用意した.また,未成年やお酒を好まない人も楽しめるよう,ご当地炭酸飲料のナポリンや道産果実のジュースも取り揃えた.美味しいものを片手に「あなたの地域にはどんな美味しいものがある?」といった話題が広がり,研究以外の交流のきっかけにもなった.筆者は地酒ファンドのおかげで専門が異なる人とも知り合うことができ,会期後も輪読会を通じて交流を継続している.このように,毎年夏学では趣向を凝らした企画を実施し,気軽に参加できる研究会をめざしている.気になる方はぜひ生物物理若手の会の公式HP(https://bpwakate.net/)をご覧いただければ幸いだ.

最近では,ランチ会やノンアルコールでの交流が注目され,飲み会=お酒というイメージも変化してきている.交流の後に実験や業務を再開できるし,二次会は行きたい人同士で自由に行ける,その選択肢の豊富さがメリットだ.ランチ会は,研究室の近場などで開催する場合が多い.デリバリーサービスを利用するのも一案であるし,身近な場所でも楽しい交流の時間をつくり出せる.筆者の研究室では,名誉教授が育てた野菜を学生が調理し,ランチ会をするのが恒例だ.また,主に欧米の研究室ではTea TimeやCoffee Timeが定期的に開催されている例もある.こうした場では悩みを共有しやすく,コミュニティ全体の精神衛生を向上させる一助となる.

飲み会の形は,これから先も時代を反映し,変わっていくだろう.それぞれの研究室やコミュニティに合った“居心地のよい場”がますます広がっていくことを願っている.

武井梓穂(北海道大学大学院生命科学院/生物物理若手の会)

※実験医学2025年8月号より転載

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本記事の掲載号

実験医学 2025年8月号 Vol.43 No.13
特集1:細胞外小胞学の次の10年 世界で進展する最先端のエクソソーム・EV研究と臨床応用/特集2:RNAウイルスハンティング2.0 なぜいま新発見が相次ぐのか?

横井 暁,中川 草,坂口翔一/編
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