本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)
2022年度から高校で必修化された探究学習(総合的な探究の時間)は,「探究の見方・考え方を働かせ,横断的・総合的な学習を行うことを通して,自己の在り方生き方を考えながら,よりよく課題を発見し解決していくための資質・能力を育成すること」を目標としています1).つまり,身のまわりや社会の課題を見つけ,解決しようとする取り組みです.その意義深さの一方で,従来の科目と性質があまりに異なるため,教育現場は困惑しています.探究学習はクラス担任が担うことも多く,教員の専門知識や経験,学べる環境の不足により,効果的に進められていない現状があります.
私は大学で研究を行う傍ら,博士課程から現在まで県立高校の探究学習に指導員として携わっています.私自身が高校時代の探究学習をきっかけに研究者を志したこともあり,後輩にとっても探究学習が何かのきっかけになってほしい,母校に恩返ししたいという思いから指導員に名乗りを上げました.実際に数年間活動してきて,アカデミアが中等教育と連携する意義を実感しています.
私が携わっている高校では,分野ごとのゼミに修士以上の大学院生が指導員として配置され,指導員は専門的な指導を,教員は学内での調整業務を主に担っています.特に,テーマ設定と実験計画の策定においては,指導員は研究の知見を生かした支援ができます.例えば漠然とした興味や,逆に調べたらすぐわかることなどの「テーマの種」から,検証可能かつ興味をもてる問いに落とし込む作業は生徒にとっては大変です.このような「探究の見方・考え方」を用いた作業は研究と通ずる点が多いので,トピックに関しては生徒の方が詳しいとしても,指導員は限られた時間と設備で何からどのように進めるかを提案できます.
私は,指導員の役割は,生徒が立ち止まったときに,この先に道がありそうなところを少しだけ照らしてあげることだと思っています.生徒たちはその少しのサポートさえあれば,自分の興味関心に基づいて,自分で選んだ道を進むことができます.生徒には対話を通じて,興味を深掘りし,知りたいと思える問いに出会い,手を動かしてそれに答える体験をしてほしいと思っています.このプロセスに面白さを見出したり,年齢の近い研究者と交流したりすることは,進路選択にも寄与します.実際に,大学合格の報告とともに「大学で,探究学習で扱ったテーマと関連した研究をします」と言ってくれた生徒もいました.いつか,ともに研究できたらと夢見ています.
この取り組みは,暗中模索しておられる中等教育の現場を助けると同時に,指導員自身の成長にもつながります.教えることが最大の学びとよく言われますが,科学的・論理的な正しさを言語化する,実験アイデアを提案する,多様なプロジェクトを同時に管理する,研究の魅力を伝えるなどを通じて,研究者としても教育者としてもスキルアップできます.
アカデミアと中等教育の交流は,出前授業やオープンキャンパスなどの短期的なものが多いですが,長期的な関係構築も重要であると考えています.ぜひ,未来の研究仲間たちとかかわってください.例えば,大学や民間企業,財団等が主催する中高生の研究(探究)発表会では,奮闘している中高生や教員と直接交流することができます.その場でのアドバイスに留まらず,学校ごとの特色や課題に寄り添った長期的な交流に発展させてくださると嬉しいです.これまでの歩みと経験を生かし,全国各地で中高生とアカデミアをつなぐ架け橋になっていきましょう.
岡﨑実那子(筑波大学医学医療系神経生理学)
※実験医学2025年5月号より転載