Chapter2 読み手の脳に優しいライティング①:ネイティブが教える英語論文・グラント獲得・アウトリーチ 成功の戦略と文章術

明瞭で効果的かつ効率的な文章を書くには

昔からライティングは,科学と対照的なものと位置づけられてきた.アリストテレスやエラスムス,スティーブン・ピンカーといった偉大な学者たちも,「文章は1つの芸術である」と主張している.それにもかかわらず,ライティングに関しては多くの学術論文があり,理想的な文章やパラグラフの書き方についての本も数え切れないほどある.しかし,そこに書かれているアドバイスは代わり映えのしないものばかりで,どれも「単なるアドバイス」の域を出るものではない.あらゆる芸術や人間活動の中で,ライティングほど核となる知識が存在しない分野はないだろう.科学に不可欠な,エビデンスに基づいたアプローチというものがおよそないのである.ゆえに,ライティングが医学・生物学の教育課程において軽視されている現状は,あまり不思議なものではない.ライティングの指導を受けた研究者や臨床医でさえも,ライティングを「マスター」する方法については,臨床研修さながらに「見て学び,やって学び,さらに人に教える」というような説明しかできず,しかもちっとも「見せてあげ」ないのである.

しかし,文章を読んでいる時の脳に関しては,40年以上にわたって研究されており,その成果は脳のはたらきについて豊富な知見をもたらしただけでなく,ライティングにも直結するような示唆に富んだものだった.これらの貴重な研究データがもたらしたのは,エビデンスに基づいたライティングの原則だ.そしてこの原則は,論文のアクセプトや研究費獲得の確率を高めてくれるものなのである.具体的には,人間が文章を理解する3つのフェーズ,すなわち語彙の認識,構文の理解,および推論処理,をターゲットとしたもので,私たちが容易かつ効率的に文章の内容を理解するためのメカニズムを体系的に整理したものだ.このような原則を利用することで,あなたの研究のキーとなる知見を読み手に強く意識させることができ,またその一方で弱い部分を目立たないようにすることもできるのだ.さらにダグラスは,このライティング教授法を,フロリダ大学の医学・生物学関連の学部で,15年以上にわたって試している.ダグラスは,以前ポスドクをしていた教え子から,彼女の方法論をより多くの人に活用してもらうべきと背中を押され,The Reader’s Brain (2015)を執筆した.そして,ポスドクをしていたその教え子は,8年後に教授兼学部長となり,50を超える査読つき論文を発表している.彼女の論文はいずれもすんなりとアクセプトされたが,それはダグラスが教えてくれたライティングの原則のおかげだと話している(原注:Sherrilene Classen, Ph.D., ダグラスへの私信,2013年12月)

読み手が直面する3つの試練:
語彙,構文,推論

広告やポスターなど,私たちは日々さまざまな文字を読みながら暮らしているが,実は文字を読むということは大変な重労働なのだ.ある論文,たとえば血管内皮に対するずり応力に関する論文と格闘したことのある方ならおわかりになると思うが,読むという行為は苦しさを伴う行為なのである.だがそれは,研究テーマに馴染みがなかったり,仮説の意味を把握するのが難しいからではない.読むペースがスローダウンし,文章やパラグラフを何度も読み直す羽目になるのは,文章を読もうとする人が直面する試練を書き手が無視しているからである.つまり読み手は,単語を認識し,その単語が構文の中でどのような意味を持つのかを把握し,文と文の関係を見極めなければならないのである.

The Wall Street Journal誌の新聞記事にしても,Cardiovascular Endocrinology誌に掲載された論文にしても,読み手には同様の試練が課せられる.単語の意味やその単語が文の中で持っている役割,文と文との関係,そしてパラグラフ全体の要点を同時並行で理解していかなければならないのだ.さらに私たちは,読もうとしている内容と,そのトピックに関して自分がすでに持っている知識を比較しながら読んでいる.そして,特定の内容を短期記憶から長期記憶に移行するかどうか,瞬時に決定しているのだ.このような活動は,内容を理解しようと格闘し,文章を苦しみながら何度も読み直している時でさえも,すべて無意識に行われている.だが,効果的なライティング法を知るには,まず私たちの脳がどのようにして文章に意味を与えているのかを理解する必要がある.Cardiovascular Endocrinology誌の話題に戻って,理解するのが一見特に難しくなさそうなパラグラフを読んでみよう.

ここでは,2015年にCardiovascular Endocrinology誌に掲載された総説の第2パラグラフを例に取って考えてみる.次の文章を読むのにどれくらいの時間がかかったか計ってみてほしい.

According to a National Center for Health Statistics report, during the period 2001–2006, 32 and 8% of the US population had serum 25-hydroxyvitamin D [25(OH)D] levels <20 and <12 ng/ ml, respectively. In five large cities in China, the prevalence of severe vitamin D deficiency (< 10 ng/ml), vitamin D deficiency (10–20 ng/ml), and vitamin D insufficiency (20–30 ng/ ml) was 5.9, 50.0, and 38.7%, respectively. Low vitamin D level was associated inversely with several cardiometabolic risk factors, such as waist circumference, systolic blood pressure, and homeostatic model assessment-insulin resistance (HOMA-IR) index, and risk of death from cardiovascular disease (CVD). 1α,25-Dihydroxyvitamin D3 [1,25(OH)2D; calcitriol] manifests diverse biological effects through binding to the vitamin D receptor (VDR) in most body cells, including T-lymphocytes, macrophages, monocytes, islet and endothelial cells, and vascular smooth muscle cells. There is growing interest in the nonskeletal action of vitamin D, including in inflammation, glucose metabolism, and atherosclerosis. Hence, vitamin D supplementation may be a new therapeutic approach in the already expanding range of options for the management of diabetes and CVD. The latest advances in the anti-inflammatory effects of vitamin D from experimental, observational, and interventional studies are discussed in the following sections. (Su and Xiao, 2015)

米国国立衛生統計センター(NCHS)の報告によると,2001〜2006年の期間において,米国人口の32および8%で,血清中25-ヒドロキシビタミンD[25(OH)D]濃度がそれぞれ20および12 ng/ml未満となっていた.中国の5つの大都市では,重症ビタミンD欠乏(< 10 ng/ml),ビタミンD欠乏(10〜20 ng/ ml),およびビタミンD不足(20〜30 ng/ml)の有病率は,それぞれ5.9,50.0,および38.7%であった.ビタミンD濃度の低さは,腹囲,収縮期血圧,homeostatic model assessment-insulin resistance(HOMA-IR)指数といったいくつかの心血管代謝系のリスクファクター,および心血管疾患(CVD)による死亡リスクと負の相関を示した.1α,25-ジヒドロキシビタミンD3[1,25(OH)2D;カルシトリオール]は,Tリンパ球,マクロファージ,単球,膵島や血管内皮細胞,および血管平滑筋細胞などのほとんどの体細胞において,ビタミンD受容体(VDR)への結合を介して,多様な生物学的効果を示す.炎症やグルコース代謝,アテローム性動脈硬化など,ビタミンDの骨以外への作用について,関心が高まっている.したがってビタミンDの補給は,すでに広範な選択肢のある糖尿病やCVDの管理において,新たな治療法となる可能性がある.実験,観察,および介入研究から得られたビタミンDの抗炎症効果について,近年の進歩を以下のセクションで議論する.

循環器系の医学や内分泌学にそれほど詳しくない人にとっても,特に難しい内容ではなく,パラグラフ内に目立った文章のミスも見当たらない.しかし,2文目から先を読み進めるにしたがって,読むスピードがどんどん遅くなってこないだろうか.しかも,実は1つ目の文中にも,読むスピードをスローダウンさせる要素が含まれている.文章を読む時に越えなければいけない試練とは何か,また文章を理解するための3つの段階とは何か,だんだんとわかってきたのではないだろうか.上のようなパラグラフは,一見すぐに理解できそうだが,読みはじめてみると驚くほど苦痛を感じるのである.

1文目を読んで引っかかりを感じるのは,文やパラグラフを理解するために不可欠な「エンジン」が原因だ.エンジンとは,すなわち「予測性」である.文章を理解する時,私たちは脳内にある無数の文章のストックをもとに,その文章がどのような構造をしているのか無意識のうちに予測している.そしてこの予測には,常に前へ前へと進んでいく性質がある.読むという行為は,常に前を向いて一方通行で進むことができた時にもっとも効率がよく,またそれはライティングが効果的に行えた証でもあるのだ.よって,読み手が後ろを振り向かざるをえなかったということは,書き手がうまく道案内できていないということなのだ.またこれは,読み手に無駄な労力を割かせているということでもある.文章を読み間違えたと気づいた時にしか,読み手は前の文章を読み返したりはしないからだ.この読み返しはretrospecting(「引き返すこと」の意)と呼ばれている(Britton and Pradl, 1982).もう一度,上で紹介したパラグラフの第1文を見てみよう.

According to a National Center for Health Statistics report, during the period 2001–2006, 32 and 8% of the US population had serum 25-hydroxyvitamin D [25(OH)D] levels <20 and <12 ng/ ml, respectively.

米国国立衛生統計センター(NCHS)の報告によると,2001〜2006年の期間において,米国人口の32および8%で,血清中25-ヒドロキシビタミンD[25(OH)D]濃度がそれぞれ20および12 ng/ml未満となっていた.

血清25-ヒドロキシビタミンD濃度が20 ng/ml未満の人や12 ng/ml未満の米国人の割合を見つけるためには,読み手は2行目に書いてある「32%」と「8%」にまで視線を戻さなければならない(また偶然にも,「32」という数字に%がついていないため,読み手の中には前を読み返さざるをえない人もいる.一目でどの程度の情報量を認識できるかは人によって異なり,1語しか認識できない人もいれば,1行すべての内容を認識できる人もいる.この現象については次で紹介する).respectively(それぞれ)という副詞は,多くの研究者がよく考えずに使っているが,悪気なく使ったこの単語が,どの量と項目が対応しているのかを探すために,読み手の目線を引きずり戻すことになるのである.多くの読み手にとって,「32%」と「<20 ng/ml」の間を目線が行き来することによって読むスピードが遅くなり,不必要な読み直しを余儀なくされるのだ.またこの文章は,医学・生物学分野において一定のレベルに達していない文章がいかに多いかを示す好例でもある.読むという行為において予測性や方向性がどのような役割を果たすのか,少しだけご理解いただけたのではないだろうか.

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著者プロフィール

イエローリーズ・ダグラス(Yellowlees Douglas, PhD)
フロリダ大学のビジネススクール(Warrington College of Business)の准教授で,マネージメントコミュニケーションを教えている.また,以前には同大学のClinical and Translational Science Instituteで教員を務めた経歴も持つ.
マリア・B・グラント(Maria B. Grant, MD)
アラバマ大学で,優秀な眼科学の研究者に贈られるEivor and Alston Callahan記念眼科学寄付講座の教授.30年にわたって医学研究の実績を積み重ね,200を超える査読付き論文を発表し,12の特許を持っている.
ネイティブが教える英語論文・グラント獲得・アウトリーチ 成功の戦略と文章術
ネイティブが教える英語論文・グラント獲得・アウトリーチ 成功の戦略と文章術
Yellowlees Douglas,Maria B. Grant/著,布施雄士/翻訳
2020年07月01日発行
英作文のプロと研究のプロが, 心理学と神経科学に基づいた,成功の可能性を高める書き方を伝授.プライミング効果,初頭効果,新近効果,フレーミング効果などを駆使した,読み手の心をつかむメソッドが身につく!

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