Chapter3 書きはじめる前に:「だから何?」「誰が知りたい?」からはじめる:ネイティブが教える英語論文・グラント獲得・アウトリーチ 成功の戦略と文章術

期待される成果によって研究を分類する

知っておくといいことがある.それは,自分の研究の仮説や実験デザイン,方法論,解析方法,そして研究の意義について時間をかけて考えるほど,論文がアクセプトされたり研究費を獲得できたりする確率が高くなるということである.ただし,概要を考えはじめる前に,まず自分の仕事がどのようなタイプの研究になるかを考えておいた方がいい.ここで話題にしたいのは,症例報告や総説,何万人という参加者を組み入れた二重盲検ランダム化比較試験など,どんな形式の論文を書くのか選ぶということではない.また,中小企業技術革新研究プログラム(SBIR)とWellcome Trustの研究費のどちらに応募するべきかということでもない.ここで言いたいのは,報告しようとする研究成果がどのようなタイプのものであるか,注意深く考えておくべきだということである.研究成果のタイプによって,批判的なものも好意的なものも含め,査読者や編集者がどのような反応を返してくるか大まかに予想することができる.そのため,研究のタイプをあらかじめ知っておくことで,査読者の反論を予想しながら研究をまとめていくことができるのだ.さらに,研究で得た知見のうち,批判をあまり受けることがなさそうな結果を強調し,反論されそうな部分を目立たないようにして,文章をまとめていけるようになる.

研究成果は,大きく4つに分類することができるが,これらは互いにオーバーラップすることもある.医学・生物学的な機能とメカニズム,臨床症状,または介入治療についての研究は,すべてこのどれかに分類できる(図3.1).

以下,研究成果の4つのカテゴリーについて,より詳細に説明する.

「知識の蓄積」タイプの研究

このタイプの研究は,メタアナリシスやランダム化比較試験,症例集積研究といった形になることもあれば,医学・生物学上の現象に関する理解を拡大するために他の研究成果を利用して新しい仮説を提唱するような形式の場合もある.ここで最後に挙げた形式は,他の学問分野では質的研究とされている手法にもっとも近いもので,すでに出版された研究を集め,それらをもとに現象やプロセスについて新しい理解をもたらすものである.その一例として挙げられるのが,胃不全麻痺や胃排出を遅延させるその他の疾患の患者に対してパーキンソン病の治療薬が与える影響を調べた研究である.パーキンソン病の治療薬は,口-盲腸通過時間を遅延させたり薬の吸収を低下させたりするため,パーキンソン病の症状が悪化し,さらに胃排出の遅延が起きるという悪循環を生み出している.この研究が総説と違うのは,消化管全体の運動やパーキンソン病治療薬の吸収を改善するために,消化管運動改善薬や緩下剤の使用を推奨しているところである(Barboza, Okun, and Moshiree, 2015).一方これが総説になれば,パーキンソン病そのものや患者の治療に関して,臨床医の理解を促すものになる.

「はじめての発見」タイプの研究

このタイプには,症例報告や症例集積研究,ランダム化比較試験,自然経過,前向き解析といった形でまとめられるものや,新しい介入治療に関する研究,ヒトやマウスモデルを対象にした疾患や治療に関する研究が含まれる.このタイプの研究で得られた成果は,基礎的,橋渡し的,そして臨床的に非常に重要なものであるが,そこで得られた知見は既知のメカニズム,プロセス,因果関係で説明できるものだ.例としては,マウスモデルを利用した肺高血圧症の治療法に関する研究(Shenoy, Gjymishka, Yagna et al., 2013)や,ある疾患についてこれまでマウスモデルでしか理解されていなかったことがらをヒトで検証した研究(Clark and Brantly, 未発表原稿)などである.

「偶然の発見」タイプの研究

このタイプは,はじめはまったく違う目的や仮説のもとで進められていた研究のデータを基にした,他の研究者たちがそれまで持っていた生理学的,診断学的,および薬理学的メカニズムに関する理解を変えてしまうような研究のことである.このタイプの研究成果は,症例報告や症例集積研究,小規模な臨床試験として報告されることが多く,はじめは重要視されていなかった知見に他の研究者が異なる視点から解釈を加えた時に出てきやすい.たとえば,本書の著者の1人であるグラントは,マウスの2型糖尿病モデルを研究していた時期に,血液脳関門を通過する抗炎症・抗菌薬であるミノサイクリンを使って患者の治療をしていた.モデルマウスの解析結果は,2型糖尿病における微小血管合併症の進行に,ミクログリアによる脳内の炎症が一定の役割を果たしていることを示していた.それとともに,グラントが患者から得たデータからは,ミノサイクリン投与が糖尿病患者のHbA1cレベルに対して劇的な効果を示すことがわかり,さらに病的な肥満状態にあった患者の体重を10カ月で100ポンド(約45キログラム)も減少させたのである(Douglas, Bhatwadekar, Calzi et al., 2012).これらの成果が示唆することは,ミノサイクリンには糖尿病の管理やコントロール方法を大きく変えるほどの可能性があり,あらゆる薬物治療や食事療法,行動療法によってHbA1cや体重の管理がうまくいかなかった患者にも適用できるかもしれないということだ.これと同様の例としては,幻肢痛に対する視覚的インプットの影響に興味を持っていた研究者たちが,9名の腕切断者を対象にした小規模な症例集積研究において,ミラーボックス療法の有効性に気づいた事例が挙げられる(Ramachandran, Rogers-Ramachandran, and Cobb, 1995).彼らの発見はNature誌に発表されたが,ArticleやLetterといった主要な記事よりも重要度では劣るとされるScientific Correspondenceというカテゴリーの記事として掲載された.意義深いことに,Nature誌の編集方針上,査読者に回るのはArticleとLetterだけであり,Scientific Correspondenceには査読がない(Nature誌,出版年不明).それにもかかわらず,Ramachandranらの研究(1995)は,ほとんどの治療努力が功を奏さない厄介な現象に対する効果的な治療法の基礎となっているのである.

「パラダイムシフト」タイプの研究

当然のことながら,このタイプの成果を出すことはもっとも難しく,研究者であれば誰もが憧れる勲章のような成果といえるだろう.実際のところ,パラダイムシフトを起こすような成果に出くわした研究者は,まず研究成果をひどく中傷され,ほとんどのジャーナルから論文をリジェクトされ,さらに学会の口頭発表やポスターセッションでも散々な嘲笑を受けることとなる.そして,10年や20年の後,その知見は次第に十分な理解を得ていき,疾病の分類や認識,治療法を大幅に変えてしまう.こうなってようやく,この研究の考案者が世の中から認められることとなり,なかにはノーベル賞を取るような人が出てくるのである.このようなパラダイムシフトのもっとも有名な例が,H. pyloriが消化性潰瘍の原因であることを発見した研究である.ロビン・ウォレン(Robin Warren)とバリー・マーシャル(Barry Marshall)が,はじめて彼らの得た知見を報告したのは,感染症の専門家たちが集まった1983年の学会であったが,その成果は,消化性潰瘍がストレスや香辛料を多く含む食品が原因であるという,長い間信じられていた臨床上の知識を否定するものであった(Weintraub, 2010).彼らの発見は,気持ちがくじけてしまいそうなほど軽蔑的な評価を受け,消化性潰瘍の生じた場所にH. pyloriに似たものでさえ存在しないことを,多くのラボがこぞって示そうとしたほどである(Monmaney, 1993).1994年になってようやく,米国の国立衛生研究所(NIH)はウォレンとマーシャルの見解に同意した.そして2005年に,この2人がノーベル生理学・医学賞を受賞したのである.

多くの研究者が,パラダイムシフトという概念を物理科学だけのものと認識している.たとえば,マッハ力学がニュートン力学に取って代わったように,既存のパラダイムに例外的な規則が見つかり,たった数十年の研究によってシフトが起きるようなものだと考えているのだ.しかし,パラダイムという概念は,すべての学問分野に当てはまるものであり,細分化された医学・生物学の分野においても適用可能な考え方だ.新しい発見の重要性が,すでに現象を説明できなくなった古いパラダイムの重要性を上回ると,研究者たちが以前主流だったパラダイムから脱却し,新しいパラダイムを受け入れていき,結果としてパラダイムシフトが起きる(Kuhn, 1962).要するに,ある原則の例外について記述している論文がたくさんあるということは,物理学にせよ消化性潰瘍にせよ,古い知識が間違っているかもしれないということなのである.パラダイムシフトに関する包括的な研究についてのはじめての本の中で,著者のクーン(1962)は,新しいパラダイムを導入することには社会的,経済学的不利益が伴うため,このようなタイプの研究や理論的主張をしようとするのは若い研究者に限られる,と述べている.そう考えると,研究者は経験を積んでいけばいくほど,主流のパラダイムまたは「普通の科学」を踏襲していく方が,それをくつがえすよりも,得られるものが多くなるということになる.だがクーンは,研究者たちの認識力を制限してしまう「普通の科学」の影響力を過小評価していた可能性がある.研究者たちは,基礎的な知識,方法論,標準的な解釈方法といったものを教え込まれており,新しいパラダイムへと導いてくれる革新的なものを見抜くことができないのである.

ほとんどの研究成果は,上で紹介した4つのカテゴリーのいずれかにきっちり収まるということはない(図3.1).たとえば,ミクログリアが引き起こす炎症に対してミノサイクリンが与える効果についての論文は,ミノサイクリンを2型糖尿病の治療に使用した「はじめての発見」タイプの研究になるが,また同時に,2型糖尿病が炎症応答によって生じるものであるという主張は,「パラダイムシフト」タイプの研究にもなりうる.だが,糖尿病患者に炎症が起きているという報告は増え続けており,実際にパラダイムシフトタイプの研究になるかどうかは,そのような研究次第だろう(De Souza, Araujo, Bordin et al., 2005; Goldfine, Silver, Aldhahi et al., 2008; Hotamisligil, 2006)

研究成果のカテゴリーに照らし合わせて
「だから何?」「誰が知りたい?」を考える

研究について書きはじめる時,ここで紹介した研究成果の4種類のカテゴリーを頼りにして「だから何?(So what?)」「誰が知りたい?(Who cares?)」という質問に答えられるか確かめておくべきである.もしこれらの質問に答えられないならば,たとえ手堅く行われた研究であっても,先々には煉獄行きに等しい苦難が待ち受けているだろう.もし研究提案や原稿を書きはじめる時にこれらのカテゴリー分けを無視してしまうと,編集者や査読者はどちらも,掲載するに値する新規性があなたの研究にあるか判断できないからである.また,カテゴリーに当てはめる時には,中心の2つのカテゴリー,すなわち「はじめての発見」タイプか「偶然の発見」タイプのどちらかを狙って考えていくべきである.もし,研究をこれらのカテゴリーに当てはめることができれば,インパクトファクターの高いジャーナルに論文が掲載されるか,研究費を受け取れる可能性が高まるだろう.さらに,プライミング効果や新近効果の恩恵にあずかるためにも,論文原稿や申請書を書いていく時には,研究成果のカテゴリーを念頭に置いておくべきである.このことについてはChapter 4Chapter 5で触れる.そして最後に,研究成果が価値の高いカテゴリーに当てはまった場合,プレスリリースや所属機関のメディアリレーションズや広報の関連部署を活用して,自身の研究を宣伝すべきである.だがこのような部署は,比較的少人数で多くの仕事を回しているところがほとんどであるため,自身の力でうまくプレスリリースを活用したり宣伝をしたりすることで,マスメディアで報道してもらえる可能性を高めることができる.また,所属機関のメディア関連のスタッフが,研究成果が発表された文脈や研究の巧妙さについて理解してくれることはほとんどないため,プレスリリースを出す時は,その最初の原稿だけでも,その部署のスタッフに任せずに自分で書く方がいいだろう.プレスリリースについては,Chapter 7で解説する.

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著者プロフィール

イエローリーズ・ダグラス(Yellowlees Douglas, PhD)
フロリダ大学のビジネススクール(Warrington College of Business)の准教授で,マネージメントコミュニケーションを教えている.また,以前には同大学のClinical and Translational Science Instituteで教員を務めた経歴も持つ.
マリア・B・グラント(Maria B. Grant, MD)
アラバマ大学で,優秀な眼科学の研究者に贈られるEivor and Alston Callahan記念眼科学寄付講座の教授.30年にわたって医学研究の実績を積み重ね,200を超える査読付き論文を発表し,12の特許を持っている.
ネイティブが教える英語論文・グラント獲得・アウトリーチ 成功の戦略と文章術
ネイティブが教える英語論文・グラント獲得・アウトリーチ 成功の戦略と文章術
Yellowlees Douglas,Maria B. Grant/著,布施雄士/翻訳
2020年07月01日発行
英作文のプロと研究のプロが, 心理学と神経科学に基づいた,成功の可能性を高める書き方を伝授.プライミング効果,初頭効果,新近効果,フレーミング効果などを駆使した,読み手の心をつかむメソッドが身につく!

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