特別記事:エボラ出血熱・SFTS・デング熱 ─感染症はどこから現れ,どこへ行くのか

「実験医学」2015年1月号掲載の特別記事では,東京慈恵会医科大学熱帯医学講座の嘉糠洋陸先生に,感染症の科学的背景と現状についてご執筆いただきました.本記事への読者からの好評を受け,この度,Webでも公開させていただきます.感染症の理解と現状把握のため,ご活用いただけましたら幸いです.

〔特別に記載のない限り,誌面に掲載の情報(2014年11月執筆)をそのまま掲載しております〕(編集部)

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病原体の感染拡大をどのように捉えるか

ヒトが罹れば生命の危険が迫る感染症は,EVDだけではありません.21世紀に入り,新たに同定されたSARSコロナウイルスによる重症急性呼吸器症候群が発生しました.新型肺炎ともよばれたこの病気により,8,096人が感染し,774人が死亡しています.「新型インフルエンザ」 として記憶に新しい,2009年のH1N1亜型インフルエンザの流行 (パンデミック2009H1N1) では,判明しただけで国内において13万人以上が感染し,死者127名を数えています.2012年に発生した中東呼吸器症候群は,新規のコロナウイルス (MERSウイルス) がその原因であり,909症例のうち死亡例は3割を超えます.このように,約100年前に史実として登場していたものから,突然ヒトの世に現れた新興の病原体まで,私たちヒトという生命体を脅かす侵入者は,常にアウトブレイクの機会を伺っていると考えるべきでしょう.

表 病原体の感染経路

病原体は,どのようなルートで人間に感染するのでしょうか.感染力の強い結核などの飛沫核感染から,C型肝炎などで問題となった人為的な血液感染まで,病原体ごとにいろいろな方法 (=戦略) を採用し,それが各感染症の拡がり方を特徴付けています ().例えば,真核細胞の原生生物であるマラリア原虫は,蚊の吸血によってのみ伝播されます.出血性大腸菌O-157は,主に汚染された食物を経口で摂取することで体内に侵入します.

では,病原体が宿主集団の中で拡散する “能力” はどうでしょうか.それを表す指数として,基本再生産数 ( R0) があります (図2).ある病原体のオリジナルの感染者が,宿主になりうる集団に侵入した際に,その感染者の全感染性期間において二次的に現れる感染者の平均数を指します.やや乱暴な言葉で表現すると,1人の患者が,新たに何人の人間に病気をうつせるかを表す数字です.R0>1であればその感染症は拡大します.適切な治療やワクチン導入などにより R0<1となれば,その流行は終息に向かいます.医療が発達する近代以前は,高病原性の病原体においてその R0が1を下回る要素は,宿主に適切な免疫応答が惹起されるか,激しい流行により単に感染可能な宿主がいなくなることが主だったと考えられています.治療法がなかったハンセン氏病などは,強制隔離によって R0を減少させた悲しい過去がよく知られています.

図2 感染症の拡大様式

一般的な感染症について,R0を見てみましょう.毎冬に流行する季節性インフルエンザは1.3,2009年の新型インフルエンザでは1.4〜1.6と推定されています.教室での人口密度が高い学校などでは,この数字が2.4に上昇します※5.多くの人が幼少期に罹ったことがある麻疹 (はしか) では9〜17,性感染症に分類されるヒト免疫不全症候群 (AIDS) では1.02とされています.感染症の流行は,この数字のべき乗の結果とも言えます.よって,仮に1に近くても,R0>1である限り患者は増え続けます (図2).

今回の西アフリカでのEVD禍について,すでにR0が算出されています3)5).ギニアで1.71,リベリアで1.83,シエラレオネで2.02とかなりの高値で,これにEVDの潜伏期間 (11.4日) と感染性期間 (15.3日) を組み入れると,リベリアでは約16日で感染者が倍増することになります.また,生存者と死亡者の間でもこの R0は変わります.リベリアにおいてEVDから回復した人の R0は0.66で,死亡者ではそれが2.36に跳ね上がります.一般的に重症化とウイルス量は相関するとされていますので,この数字の差は,発症初期の早期対応がEVDの封じ込めのポイントであることを示しています※6

  • ※5 インフルエンザによる学級閉鎖の実施は,欠席者が20〜25%に至ることがその概ねの基準.R0を考慮すると,放置すれば続く2回の伝播でクラス全員が感染することになる.
  • ※6 ナイジェリアでは,徹底的な接触履歴の追跡と接触者の隔離によって,EVD流行の封じ込めに成功した(2014年10月20日WHOによる終息宣言).携帯電話の通話記録を利用するなど,R0概念を活用した対応が効果的であることを示した.

共倒れか,共存か―病原体の行く末

多くの病原体は,感受性のある限られた動物集団において定着しません.免疫を獲得した個体が現れるのがその主な理由です.時間とともにそれらが優勢になり,一時的に集団サイズが減少したとしても,いずれ元に戻ります.他方,効果的な再感染防御が備わる前に宿主を確実に死に至らしめるような,致死率100%の病原体がいたとしても,集団を殺し尽くして共倒れになり,病原体も存在しえなくなります.歴史上最大のパンデミックである1918年からのスペイン風邪の流行では,死者は本邦を含め世界で数千万人と桁外れですが,ワクチンも治療薬もなかった時代にもかかわらず,流行は終息しています.これほど強力なウイルスでさえ,定着もしくは人類の破滅 (!) には達しえなかったわけです※7.つまり,拡散する能力が高い病原体の流行でも,①免疫応答による抗体保有者の出現(抗体を産生する限り,新しい感染源にならない),および②死亡者 (感染対象になりえない) の増加など※8により,そのR0の値はある時期から減少傾向に転じ,1を下回って終息に向かいます (図2※9.今回のEVDの流行に当てはめると,約30%の回復者の存在が,それぞれの地域での生物集団規模の揺り戻しに寄与することになります※10

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本記事の掲載号

シングルセル生物学

実験医学 2015年1月号 Vol.33 No.1

シングルセル生物学

渡辺 亮/企画

定価 2,000円+税, 2014年12月発行

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プロフィール

嘉糠 洋陸(Hirotaka Kanuka)
東京慈恵会医科大学教授.1997年,東京大学農学部獣医学科卒業,2001年,大阪大学大学院医学系研究科修了.’11年から現職 (熱帯医学講座).’13年より文部科学省研究振興局学術調査官 (兼任).専門は衛生動物学・寄生虫学.病原体を運ぶ蚊やマダニについて,その中に潜む生命現象すべてが興味の対象.ともに取り組む大学院生を募集中.
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