日本国際賞受賞記念インタビュー 注目技術 第1位「ゲノム編集」:CRISPR-Cas9開発者インタビュー

2017年,実験医学編集部では当時Japan Prize(日本国際賞)を「CRISPR-Casによるゲノム編集機構の解明」の業績において受賞されたエマニュエル・シャルパンティエ博士,ジェニファー・ダウドナ博士へのインタビューを行なっておりました.2020年の今「ゲノム編集の手法開発」の業績を称え,ノーベル化学賞が両博士に授与されました.以下のコンテンツでは,実験医学2017年8月号に掲載されたインタビューを公開いたします.両博士の足跡を辿る内容をご一読いただけましたら幸いです.(編集部)
Znフィンガーヌクレアーゼ(ZFN),そしてTALEヌクレアーゼ(TALEN)に次いで2012年に開発された“第三世代”のゲノム編集技術CRISPR-Cas9は,さまざまな動植物での簡便な遺伝子改変を可能とし,医学・生命科学研究に革命をもたらしました.さらに近年では,医療や農業,水畜産業などの産業へCRISPR-Cas9を応用する試みも国内外で進んでいます.今回,同技術の生みの親であり,2017年Japan Prize(日本国際賞)を受賞されたエマニュエル・シャルパンティエ博士,ジェニファー・ダウドナ博士のお二人にインタビューを行い,CRISPR-Cas9の今後の可能性と課題,そしてイノベーションが生み出される源泉に迫りました.

“シンプルさ”に秘められたCRISPR-Cas9の大きな可能性

2012年にCRISPR-Cas9を用いたゲノム編集を発表した当初,この技術が生命科学に与える衝撃はどの程度だと予想していましたか?

シャルパンティエCRISPR-Cas9は,設計のシンプルさとその作用メカニズムから,事実上あらゆる細胞,生物種のゲノムを改変できる技術です.その点からCRISPR-Cas9がZFNやTALENよりも有用であることは明白でした.実際,論文を出版した直後から多くの研究者がCRISPR-Cas9を使いゲノム編集に成功しました.それらの成功が報告されたことで,CRISPR-Cas9は間違いなく生命科学・医学を大きく変えるものだと確信しました.

ダウドナシャルパンティエ博士が仰ったようにCRISPR-Cas9技術の最も重要な特徴は「誰もが容易に使える技術である」という点です.2012年の論文1)では自然界にあるCRISPR-Cas9システムをさらにシンプルにデザインすることを目的としました.だからこそ,世界中の研究者たちがすぐに使えるようになったのだと思っています.当時を振り返ると,私もシャルパンティエ博士と同じく,CRISPR-Cas9の応用は今後幅広く進むだろうと感じていました.

CRISPR-Cas9を“どのように使うか”はまだ議論が必要

近年,ゲノム編集の倫理的・社会的な課題が議論されています.ダウドナ博士はその点をいち早く指摘し2015年に「ヒトゲノム編集国際会議」の開催を実現されました.新しい技術の開発者自らが,そうした場を提案し,実現することの責任や義務についてどのようにお考えでしょうか?

シャルパンティエ私は,新しい技術を開発するすべての研究者は,その技術がもつ倫理的・社会的課題に対して責任をもつべきだと思っています.私たちはCRISPR-Cas9によるゲノム編集技術を開発しました.したがって,CRISPR-Cas9が生み出す課題への責任があります.その一方でCRISPR-Cas9は世界中の多くの研究者によって実に多彩な分野で用いられています.私はその人たちにも同様に,私たちと一緒に考えて,声をあげてもらいたいと思っています.

米国ではですでにいくつかの具体的な活動が始まっていますが,ヨーロッパにおいてもさまざまな国立科学アカデミーや規制当局,行政機関がCRISPR-Cas9の理解を深めるべくさまざまな活動を開始しています.今後どのように研究を進めていくべきなのか? どのような使い方が本来の目的にかなったもので,目的にかなわない使い方をしないためにはどうしたらよいか? という議論が始まっています.

ダウドナCRISPR-Cas9は非常にエキサイティングな技術であると同時に,受精卵への応用や,ある生物種の環境中での広がりをコントロールなど,その使い方次第では少し怖い部分もあります.そうした点について,CRISPR-Cas9の開発にかかわるすべての研究者,つまり私たち全員でその責任を負うべきです.しかしリーダーシップは必要です.そのような思いから私自身で国際会議の開催を呼びかけることにしました.こうした議論を通じて,CRISPR-Cas9の正しく適切な使い方について「グローバルなコンセンサス」を得たいと思っています.

これから解決するべき技術的課題は2つ

夢の技術とも称さるCRISPR-Cas9ですが,まだ解決できていない技術的な課題はあるのでしょうか?

ダウドナ2つの重要な課題があります.1つはデリバリーの問題です.CRISRPR/Cas9分子をどのようにしてヒトや植物の目的の細胞・組織に届けるかという点です.もう1つはDNAの修復メカニズムの理解です.CRISPR-Cas9技術では導入した酵素(ヌクレアーゼ)がDNAを切断し,その修復過程のエラーを利用してゲノムを改変しますが,その修復は細胞に元来備わった機能によって達成されます.細胞がDNAを修復するプロセスを理解することができれば,より正確なゲノム編集が可能になると考えています

シャルパンティエ私もまさにその2点が課題だと思っています.ただ,批判的な意図を込めるわけではありませんがその解決には何年もかかると思います.CRISPR-Cas9に関する研究は現在さまざまな培養細胞,生物種において進められています.培養細胞については株化細胞のみならず初代培養細胞を用いた研究も始まっています.しかしそれらはあくまで比較的よく知られた生物種での研究であって,そうではない生物種ではではCRISPR-Cas9分子のデリバリーもDNA修復メカニズムも全く異なるメカニズムで機能している可能性があります.別の見方をすれば,CRISPR-Cas9そのものの探究も今なお非常にエキサイティングだということです.

ダウドナ今の話に付け加えると,これらのどれもが未解決というわけではなく,すでに進んでいる研究もあります.例えばヒトの血液細胞や免疫細胞に対しては,CRISPR-Cas9分子をデリバリーすることが可能になっています.これらの細胞は私たちの体外に取り出して扱うことができるからです.すでに多くの研究室や企業が,鎌状赤血球症やがんなどを対象として治療に向けた臨床試験を進めています.DNA修復メカニズムの理解については,実はヒトにおける研究はだいぶ進んでいます.ヒトの細胞においてDNA切断後の修復がどのような“マシナリー”を使って進行するのか,今後1,2年の間にその理解はかなり進んでいくものと考えています.

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CRISPR-Cas9を取り巻く特許問題,ビジネスへの展望

CRISPR-Cas9の特許を巡っては,カリフォルニア大学とブロード研究所との間での法廷闘争の結果,ブロード研究所側の特許が認められる形となりました.この裁定はどのような意味をもつとお考えですか?

ダウドナ今現在(編集部註: 2017年4月現在)は,この裁定の影響は非常に小さいと考えています.シャルパンティエ博士が仰ったように,CRISPR-Cas9の素晴らしいところは「シンプルである」こと,そして「すでに幅広く提供されている」ということです.研究者も事業家も,この技術を使ってさまざまな試みを進めていますので,すぐに特許が問題となることはないと思います.将来的にこの特許の状況が問題になることがあるとすれば,CRISPR-Cas9を用いた新規治療法が開発され,製品として上市されるときです.なぜならこの特許が,企業が得るライセンスに関わるからです.さらに付け加えると,欧州の特許担当機関は私たちの特許を欧州において認めていて,これについてはもうすぐ発表されることになると思います.また前述の米国特許商標局による裁定に関しては,カリフォルニア大学とシャルパンティエ博士が上訴しているところです.

お二方ともCRISPR-Cas9技術を軸としたベンチャー企業を創業されていますが,ビジネスを通じて社会に対してどのような価値を提供していきたいと考えていますか?

シャルパンティエ研究者としてのキャリアを歩みはじめたごく初期の頃から,私自身の研究の原動力となっているのはヒトに影響を与える生命現象の研究,つまり病気の発症や治療に関する研究をしたいというものでした.そうした想いから,これまで感染症や皮膚がんについての研究を進めてきました.その気持ちはビジネスにおいても同様です.また私たちの技術が何よりもユニークなのは,その応用先が多岐にわたることです.ですので(病気の理解や治療以外にも)社会のあらゆる面に対するインパクトがあると考えています.

ダウドナ企業はアカデミックな研究機関とは異なる重要な役割を担っています.研究機関ではじまった研究を発展させ,ある特定の応用に向けてさらに押し進めることは,企業が有する資金,リソースを活用することではじめて行うことができます.例えば先ほどお話ししたCRISPR-Cas9のさまざまな細胞種へのデリバリーを改善してゆくための研究は,その1つのよい例です.私はそうした研究を,研究機関ではなく企業の立場から強く推進したいと考えています.

成功する技術の特徴とは?イノベーションの源泉は?

さいごに,CRISPR-Cas9のようなイノベーティブな技術が今後新たに生まれるために,最も重要なことはどのようなことだと思われますか?

シャルパンティエCRISPR-Cas9は,生物学においてこれまでとは全く異なる研究アプローチを可能にしました.生物学的に不可能だったことが可能になり,私たちは「考えることもできなかったQuestion」を考えることができるようになりました.近年ではCRISPR-Cas9をゲノム編集のみならず,遺伝子発現の制御に応用する技術も開発されています.それらを可能にしたのは,シンプルに設計することでき,研究者なら誰でもアクセスすることができ,そして非常に低コストであるというCRISPR-Cas9の特長そのものです.

私たちの誰もが,こうした非常にパワフルな技術を求めています.強力な技術がそこにあるから,私たちはその開発をさらに押し進めることができるし,研究を多様化,効率化し,民主的に研究を進めることができるのだと思います.そうした要素をもっているからこそ,CRISPR-Cas9は1つの成功をおさめることができたのだと思います.

ダウドナ新しい技術というのは多くの場合「予想外の方向」からやってきます.CRISPR-Cas9の場合もまさにそのとおりで,そもそも私たちが最初に「好奇心」をもって理解しようと研究していたのは,細菌がもつ免疫システムについてでした.そしてその基本システムを理解することによって,図らずもCRISPR-Cas9技術の開発につながりました.私がいま非常にエキサイティングだと感じているのは,将来的に日本も,アメリカも,ドイツも,フランスも,スウェーデンも,さまざまな国が一緒になって基礎研究を進め,サポートすることができれば,それが大きな原動力となり,次の大きな技術が生まれてくるのではという期待です.

ありがとうございました.

文献

  • 1) Jinek M, et al:A programmable dual-RNA-guided DNA endonuclease in adaptive bacterial immunity. Science, 337:816-821, 2012

著者プロフィール

エマニュエル・シャルパンティエ(Emmanuelle M. Charpentier)
1968年フランス生まれ.ピエール・マリー・キュリー大学で生化学,遺伝学,微生物学を学び,1995年にパスツール研究所で微生物学の分野において博士号を取得.ウィーン大学(オーストリア),ウメオ大学(スウェーデン)などを経て,2015年より現職.2000年代はじめよりCRISPRに注目し,2009年には化膿レンサ球菌における2つのRNA配列とCas9タンパク質の免疫システムにおける機能を同定.2017年,日本国際賞受賞.
ジェニファー・ダウドナ(Jennifer A. Doudna)
1964年米国生まれ.ポモナ・カレッジで生化学を学び,’89年にハーバード大学メディカル・スクールで生物化学と分子薬理学の分野で博士号を取得.同マサチューセッツ総合病院,コロラド大学,イエール大学などを経て,2002年より現職.1997年よりハワード・ヒューズ医学研究所Investigatorを兼任.RNA構造解析を専門とする.2005年頃より細菌におけるCRISPRの適応免疫における役割に興味をもち,2011年よりシャルパンティエ博士と共同研究を開始.2016年,ガードナー国際賞,2017年,日本国際賞受賞.
本記事の掲載号

実験医学 2017年8月号 Vol.35 No.13
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実験医学編集部/企画,水島 昇/協力
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