ライティングのプロが直伝!査読者の“脳をつかむ” 論文執筆術

第2回イントロが自然と完成する2つのキーワード

イントロには何を書くべきか

論文のイントロダクションを書きはじめるところを想像してほしい.あなたは真っ先にどんな作業に取り掛かるだろうか? 引用する文献の整理をはじめる人もいるだろう.あるいは,説明すべき内容の順番を考えはじめる人もいるかもしれない.このような作業からはじめる人が多い理由は,研究室の先輩や指導教員の先生から,「先行研究」や「研究内容の理解に必要な予備知識」をまとめることが,イントロの役割であると教えられた人が多いからだろう.もちろん,これらの要素は重要であるが,イントロの本質はもっと別にあると筆者は考えている.

ではイントロに書くべき本質的な内容とはいったい何かと言うと,それは「問題提起」である.前回のおさらいになるが,論文全体の骨格は「問題提起→解決」という軸で組み立てるのがよい.この形が,論文の主張がわかりやすく伝わり,読み手(査読者)にストレスを与えない基本の構成だからだ.そして,このうちの「問題提起」にあたる部分がイントロであり,論文全体の読みやすさを左右するパートであることを前回解説した.

今回は,「インパクト」と「必然性」という2つのキーワードをもとに,イントロを構成するためのテクニックをより具体的に解説する.

研究の「インパクト」を自覚する

図 研究成果の4 つのタイプ

1つ目のキーワードは「インパクト」だ.原稿を受けとった査読者が真っ先に興味をもつのは,その論文にどれくらいのインパクトがあるのか,である.論文に書かれている研究成果が,常識を覆すようなものなのか,あまり新規性の高くないものなのかによって,査読者の態度が変化することを知っておこう.例えば,インパクトの大きい論文の場合,査読者は「どこか根本的な間違いはないか」と,俯瞰的な視点から批判を試みるだろう.一方,ありふれた論文という印象をもった場合には,より細かい部分をチェックするはずだ.

重要なことは,研究成果の実際のインパクトと,論文が読み手に与える印象の間にギャップを生じさせないことである.このギャップが大きいと,査読者が研究成果のインパクトに見合った態度で論文を読んでくれない可能性があり,結果として「適切な」批判をもらえない場合がある.査読者をミスリードしないためにも,論文執筆に取り掛かる前に,自分が得たデータのインパクトを正確に見積っておくことが大切なのである.

ここでは,インパクトの大きさによって研究成果を分類する方法を紹介する().単行本『成功の戦略と文章術』で紹介されているこの方法では,研究成果を大きく4つのタイプに分けて考える.このうち,「パラダイムシフト」は,ノーベル賞級の研究成果とされているため,ひとまず置いておく.残りの3タイプのうち,自分の研究がどれに該当するか考えてみよう.

1)「知識の蓄積」タイプ

いわゆるdescriptiveな研究成果.特定の年に流行したウイルスの性状解析を発表する場合や,マイクロアレイを実施したが新規性の高いデータが得られなかった場合など.

2)「はじめての発見」タイプ

何か「はじめて」と言えるようなデータが得られた研究成果.ある病態におけるパスウェイYの関与を「はじめて」明らかにした,など.

3)「偶然の発見」タイプ

違う目的で進められていた研究から得られた意外な成果で,分野の常識を大きく変える可能性があるもの.糖尿病患者の血糖管理における抗菌薬の有効性を発見した,など.

基本的には,自分の研究成果を「はじめての発見」タイプに当てはめることができないか考えてみよう.の軸において真ん中付近は多くのジャーナルにアクセプトされやすいとされているが,「偶然の発見」タイプはやや敷居が高いように筆者は思うからだ.得られた知見に誰もが認めるような「意外さ」があるのであれば,「偶然の発見」タイプに挑戦してもよいが,より辛辣な批判が来ることも覚悟しておこう.逆に,「はじめて」と言える知見がなければ,1つランクを落とし「知識の蓄積」タイプの論文としてまとめるのがよい.

3つの質問で研究の「必然性」を抽出する

イントロ執筆において重要な2つ目のキーワードは「必然性」だ.言いかえれば,「なぜあなたがその成果を発表する必要があるのか」である.イントロにこの要素が欠けている論文は,読む人に「学生っぽさ」を感じさせてしまう.研究の意義を語ることなく,「実験をやりました」「データが出たので発表します」という形で書いてしまうと,いかにも学生実習のレポートのようであるし,プロの仕事としては認められない.得られた成果を仕事として発表する以上,その成果にどのような社会的・学問的意義があるのか,説得力のある形で語れなければならない.

研究の意義を語ることは,単に論文の体裁を整えるためだけでなく,査読者の期待に応えるうえでも重要だ.査読者は,提示された問題が「なぜ重要なのか」「どの部分が重要なのか」というところまで書いてあることを当然のように期待しているからだ.これらの情報は,査読者が論文を正しく評価するうえで不可欠である.

では具体的に,研究の意義や必然性をどのように語ればよいだろうか? 難しいことのように思えるかもしれないが,考えなければならないことはいたってシンプルだ.イントロが問題提起のパートであることを意識しつつ,次にあげた3つの質問に対する答えを考えてみてほしい.これらの質問に答えるだけで,研究の意義を語るのに十分な情報を自然と集めることができる.特に3つ目の質問については,「他の誰でもなくあなたが」発表する価値を考えることが重要だ.

3つの質問

臨床研究の例

1)提起する問題とその重要性は何か?

答)疾患Aに苦しむ患者が全世界にたくさんいる.

2)なぜその問題が解決しないのか?

答)有効性の低い治療法しかない.

3)あなたがこの論文を発表する価値は何か?

答)既存薬とは異なる作用機序の薬Xをはじめて試した.

基礎研究の例

1)提起する問題とその重要性は何か?

答)細胞接着には遺伝子Bの発現が不可欠だが,その誘導メカニズムは不明である.

2)なぜその問題が解決しないのか?

答)遺伝子Bの発現を誘導する因子が知られていない.

3)あなたがこの論文を発表する価値は何か?

答)遺伝子Bを誘導する転写因子のスクリーニングをはじめて行った.

この作業ができたら,ためしに3つの答えをつなげて1つの文章にしてみよう.表現を多少整える程度で,研究の意義をうまく説明できるような文章になるだろうか?

3つの答えをつなげてみよう

臨床研究の例

疾患Aに苦しむ患者が全世界にたくさんいるが,現在は有効性の低い治療法しかない.そこで本研究では,既存薬とは異なる作用機序の薬Xをはじめて試し,その有効性を検証した.

基礎研究の例

細胞接着に不可欠な遺伝子Bの発現誘導メカニズムは不明である.その理由は,遺伝子Bの発現を誘導する因子が知られていないからだ.そこで本研究では,転写因子のスクリーニングをはじめて行い,メカニズム解明を試みた.

この段階では文章として多少いびつでもよい.重要なのは,研究の必然性を主張するうえで,わかりやすく説得力のあるロジックを構築できているかどうかだ.もし3つの答えが1つの軸に乗らないように感じる場合は,研究全体を俯瞰しながら何度か考え直してみてほしい.すべての答えが1つの軸でつながったら,イントロはほぼ書けたも同然だ.

おわりに

今回は,論文を書きはじめる前に考えておくべき,研究の「インパクト」と「必然性」について解説した.ここまででイントロの「材料集め」は終わったわけだが,もちろんこれだけでイントロが完成したわけではない.次回は,集めた情報に肉付けして,パラグラフを構成する手法を紹介する.

  • Q
  • 客観的に見て自分の研究成果にインパクトがない場合,どのように論文をまとめればよいですか?
  • A
  • 「インパクトの小さい論文」(本稿で紹介した「知識の蓄積」タイプなど)としてまとめてください.無理にインパクトの大きい論文を装っても,査読者は簡単に見破りますし,悪い印象を与えるだけです.「インパクトの小さい研究は出版に値しない」と考える方もいるかもしれません.しかし,どんなデータでも,出版しておけば他の研究者が価値を見出してくれる可能性もあります.また,ネガティブな結果を出版することは,いわゆる「出版バイアス」の抑制につながるため,研究倫理的にも好ましいと考えられるようになってきています.
  • Q
  • 論文執筆の指南書通りに書くと,どの論文も定型的で似たようなものになってしまう気がします.オリジナリティのある論文を書くにはどうしたらよいですか?
  • A
  • 読みやすいとされている書き方からあえて逸脱する必要はありません.論文執筆においては,査読者が内容を正確に理解できることが最優先だからです.この点を理解したうえで,それでも何か工夫したいという人は,パラドックスを利用した書き方をおすすめします(『成功の戦略と文章術』より).例えば,「疾患Xの患者は世界に〇〇万人もいるにもかかわらず,疫学的情報はあまりにも少ない」のように,相反する状況を対比させて書くと,提起する問題の重要性を際立たせることができます.

著者プロフィール

著/布施雄士(メディカルライター)
大学在籍中,論文執筆に苦しむ研究者を多く目にし,研究という仕事に「ライティングスキル」が不可欠であることを知る.文章という側面から研究をサポートするため,学位取得後にフリーランスとして独立.これまでに,医薬品のプロモーション資材から学術論文まで,生命科学に関する幅広いジャンルのライティングや翻訳を手がけている.専門は動物生理学および分子生物学.医学博士,獣医師.
協力/株式会社アスカコーポレーション
医薬・薬学分野を専門とし,メディカルライティング,翻訳,編集などのサービスを提供.「コトバも,医療技術と考える」をコンセプトに,お客様の様々なニーズに対応している.米国科学誌Science の日本での総合代理店でもある.
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