ライティングのプロが直伝!査読者の“脳をつかむ” 論文執筆術

第3回筆を止めないためのパラグラフのつくり方

パラグラフを意識せよ

1日中パソコンの前に座っていたのに,たった数行しか原稿が進まず,絶望的な気分になったことはないだろうか? 論文執筆において一番辛いのは,手が止まってしまうことだ.しかし,ゴールまでの道筋を知っていれば,道半ばで途方に暮れる時間をずっと少なくできる.

これまで本連載では,論文にとって最も重要といえるイントロ執筆の準備段階として,①得られた研究成果から逆算して提起する問題を設定し,②研究成果のインパクトと研究の必然性をもとに執筆材料を集める方法を紹介してきた.今回は,集めた材料に肉付けをして,イントロを完成させるためのテクニックを紹介する.

今回特に強調したいのは,パラグラフ(段落)の重要性だ.多くの人はパラグラフについて,「なんとなく話題が変わったから改行する」程度の認識しかしていないだろう.だが,パラグラフの基本的な構成法を知っておくと,パソコンの前で無駄に過ごす時間を大幅に減らすことができる.論文のイントロに限らず,広く文章執筆に応用可能なテクニックを紹介するので,ぜひ活用してほしい.

Head-Body-Foot構造

今回紹介するのは,単行本『成功の戦略と文章術』でも紹介されている「Head-Body-Foot構造」だ.平たく言えば,パラグラフをHead,Body,Footという3つの部分に分けて執筆すべし,という考え方である.では,各部分には一体何を書けばよいのか.以下,簡単に説明する.

1) Head(冒頭部):パラグラフのトピック

議論を展開するうえで核となる情報を端的に表現する.

2) Body(中盤):トピックを補強するエビデンス

過去の文献や統計データを引用しながら,Headの内容に裏付けを与える.

3) Foot(最終文):パラグラフのまとめ

パラグラフ全体の内容を端的にまとめる.

このような形でパラグラフを構成すると,効果的に裏付けを与えながら,説得力のある文章を展開していくことができる.しかも,各部分に必要な情報を当てはめていくだけで,自然とパラグラフが完成する.よく手が止まってしまうという方は,ぜひこの構成を利用していただきたい.

またHead-Body-Foot構造には,読み手の脳の性質をうまく利用できるという利点もある.読み手の記憶に残りやすい場所に,重要な情報が自然と入る構造なのだ.この構造のなかで,最も記憶に残りやすいのはHeadの部分である.パラグラフ冒頭にある字下げが読み手の目線を導いてくれることに加え,冒頭部にはパラグラフ全体の内容を予告する効果(プライミング効果;連載第1回で解説)もはたらく.また,パラグラフの最後の部分も,比較的記憶に残りやすく,読み手の注意を引きやすいとされている(新近効果という).このような効果があることを意識して,HeadやFootの位置に来る文章は,なるべくわかりやすく端的な表現になるよう心がけよう.この意識をもつだけで,「読み手の脳に負担をかけない」文章に一歩近づくことができる.

パラグラフ構成:実践篇

図 パラグラフ構成の第1 ステップ

それでは実際に,このHead-Body-Foot構造を利用してイントロを書いてみよう.まずは,核となる情報をHeadの部分に当てはめていく().核となる情報とは,ここでは,前回解説した研究の「必然性」だ.つまり,次にあげた3つの要素を,各パラグラフの先頭に置くところからはじめるのである.

  1. ①提起する問題とその重要性
  2. ②その問題が解決しない理由
  3. ③あなたが論文を発表する価値・意義

それができたら,Bodyの部分にエビデンスを加えていく.イントロでは基本的に,Headを補強してくれる「都合のよい」文献だけ引用すべきである.なぜなら,イントロにおいて「あらゆる可能性」を検討してしまうと,読み手に文章の方向性を見失わせるからだ.「都合の悪い」エビデンスは,考察で引用しよう.考察であれば,論文全体の流れに影響をおよぼさない形で,ネガティブな情報を置いておけるからである(この点については,今後の連載の中であらためて解説する).

最後に,パラグラフ全体の内容を総括してFootとしよう.Bodyに入れた具体的なエビデンスから要点を抽出し,やや抽象的な言葉でまとめてみるとうまく収まるはずだ.また,次のパラグラフのHeadで使われている単語(または言い換えた単語)を1つでも入れ込むことができれば理想的である.このようにすると,読み手にパラグラフ間のつながりを感じさせることができるからだ.

では,具体例を示そう.内に示した3つのHeadを膨らませて,3パラグラフから成る簡単なイントロを書いてみた.Headには下線を引いたが,BodyやFootに相当する部分も探しながら読んでみて欲しい.

疾患Aは世界中で多くの患者を苦しめている.WHOの統計によると,世界にはこの疾患をもつ患者がXX万人いるとされている.また,〜らの調査では,アジアにおいて死因の第○位を占めるとされている.疾患Aは,公衆衛生上きわめて重要な疾患であり,有効な治療薬の開発が望まれている.

しかし現時点では,有効性の低い治療薬しか存在しない.唯一の治療薬であるBは,全患者の30%にしか効果を示さず,神経系への副作用も報告されている(〜et al.).また,BはパスウェイB’を標的とした治療薬である(〜et al.)が,この治療アプローチには限界があるかもしれないことを考えると,別の治療戦略が必要である.

そこで本研究では,新たな作用機序をもつ治療薬Xの有効性を検討した.Xに関しては,細胞レベルの実験において治療薬Bよりも高い有効性が示されている(〜et al.).ここでは,治療薬XとBの効果を比較した臨床試験の結果を報告する.

このような手順を踏むことで,いわば「機械的に」文章を書き進めることができる.原稿を完成させるには,どこかのタイミングで「思考」を「作業」に変換しなければならない.Head-Body-Foot構造は,まさにその変換を助けてくれる心強いツールなのである.

基礎研究のためのイントロ

前述のような「必然性」をベースにしたイントロの構成は,多くの研究に応用できるとは思うが,基礎研究の論文では難しい場合もある.特に,あまり有名でない分子や現象を対象とした研究では,第1パラグラフでいきなり問題提起をすることに無理がある.そのような場合は,前述の構成を少しアレンジし,次のような形で研究の必然性(パラグラフのHead)を考えてみよう.ただし,イントロの目的は,あくまでも「問題提起」であることを忘れてはいけない.

  1. ①研究対象(分子,現象など)の重要性
  2. ②研究対象に関する問題(とその問題が解決しない理由)
  3. ③あなたが論文を発表する価値・意義

この場合でも,Head-Body-Foot構造を依然として利用できることを,以下の例文で確かめて欲しい(Headに下線を引いた).

Aは正常な細胞接着に不可欠な遺伝子である.この遺伝子の発現低下は,広範な細胞種において細胞間接着を減弱させ(〜et al.),細胞の生存性も大きく低下させることが知られている(〜et al.).よって,細胞接着という現象を理解するには,この遺伝子の発現調節機構を解明する必要がある.

しかし,遺伝子Aの発現調節メカニズムは部分的にしか解明されていない.プロモーター領域は特定されている(〜et al.)ものの,転写活性化因子については報告がない.実際にそのような因子を特定するには,網羅的なアプローチが必要である.

そこで本研究では,遺伝子Aを誘導する転写因子のスクリーニングを行った.今回の探索には,新たに開発された〜法(〜et al.)を用い,従来の手法では検出できなかった新規因子の同定をめざした.結果としてわれわれは,遺伝子Aの発現調節にかかわる2つの転写因子を発見したため,ここに報告する.

おわりに

今回は,論文を書きはじめる前に考えておくべき,研究の「インパクト」と「必然性」について解説した.ここまででイントロの「材料集め」は終わったわけだが,もちろんこれだけでイントロが完成したわけではない.次回は,集めた情報に肉付けして,パラグラフを構成する手法を紹介する.

  • Q
  • イントロをどれくらいの分量書けばよいのか迷います.長さに基準はありますか?
  • A
  • イントロに入れる情報は,「問題提起に必要か」を基準に判断します.分量が多い場合は,問題提起に必要ない情報を思い切って削りましょう.逆に,分量が少なくても,しっかりと問題提起ができていれば,文章を無理に増やす必要はありません.ちなみに,New England Journal of Medicine誌やCell誌に掲載された論文のイントロは,300〜350語のものが多いです.この事実からも,だらだらと長いイントロを書く必要がないことがわかるでしょう.
  • Q
  • イントロでは,どのような形で仮説を提示すればよいですか?
  • A
  • 「イントロは仮説を提示するパートである」という考え方から少し離れてみてください.仮説の提示を目的として書かれたイントロは,ロジカルな(無機的な)印象を与える傾向があるように思います.つまり,読み手がロジックを理解するために「頭を使う」必要が出てくるのです.一方,「問題提起」に主眼を置くと,問題の重要性や解決までの道筋を1つの軸に乗った「ストーリー」として語ることができます.査読者の“脳に優しく”,アクセプトされやすい論文には,わかりやすいストーリーがあるものです.

著者プロフィール

著/布施雄士(メディカルライター)
大学在籍中,論文執筆に苦しむ研究者を多く目にし,研究という仕事に「ライティングスキル」が不可欠であることを知る.文章という側面から研究をサポートするため,学位取得後にフリーランスとして独立.これまでに,医薬品のプロモーション資材から学術論文まで,生命科学に関する幅広いジャンルのライティングや翻訳を手がけている.専門は動物生理学および分子生物学.医学博士,獣医師.
協力/株式会社アスカコーポレーション
医薬・薬学分野を専門とし,メディカルライティング,翻訳,編集などのサービスを提供.「コトバも,医療技術と考える」をコンセプトに,お客様の様々なニーズに対応している.米国科学誌Science の日本での総合代理店でもある.
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