ライティングのプロが直伝!査読者の“脳をつかむ” 論文執筆術

第4回一読しただけで意味がわかる文章を書くには

読み返す必要のない文章を書こう

他人の文章を読んで,「何だか読みにくいなぁ」と感じた経験が,誰にでも一度はあるだろう.何度読んでも意味が頭に入ってこない文章は,読み手をイライラさせるものだ.しかし,その読みにくさの原因を突き詰めて考えたことのある人は,あまりいないのではないだろうか.そこで今回は,さまざまな「悪文」(ここでは,読み手の脳に負担をかけてしまう文という意味である)を解剖しながら,文章を読みやすく仕上げるために守るべきルールを紹介していく.

悪文には,読み手に何度も同じところを読み返させてしまうという共通点がある.つまり,一読しただけでは読み手が意味を把握できない書き方になっているということだ.しかし,当然のことながら,前の部分を読み返さないと理解できない文章など誰も望んでいない.時間を削って論文を読んでくれる査読者のためにも,一度読んだだけでスルッと頭にメッセージが入ってくるような文章を書けるようになろう.

今回紹介するのは,「構文」と「代名詞」に関するルールである.これらのルールを守って文章を書けば,読み手のストレスとなる「読み返し」を減らすことができるため,ぜひ知っておいていただきたい.

構文をとにかくシンプルに

1つ目のルールは「シンプルな構文」だ.要するに「文が複雑にならないようにしましょう」ということである.では,複雑な文とはどのようなものか,さっそく例文を見てみよう.以下に示したのは,『成功の戦略と文章術』で紹介されている例文の一部を抜粋したものである.

Thirteen of the 27 genes significantly up-regulated at short reperfusion but not at long reperfusion encode for known transcription factors or inflammatory cytokines.

どうだろうか.ほとんどの人が,一読しただけでは意味を把握できずに,最初から読み返したのではないかと思う.

この文が読みにくい理由は「動詞」にある.この文を前から順に読んでいったときに最初に遭遇する動詞は,up-regulatedだ.この単語に行き当たった時点で多くの人は,その前までの部分,つまりThirteen of the 27 genesがこの文の主語であると判断する.しかし,その先を読み進めていくと,予想していなかった位置に再び動詞(encode)が登場する.そこでしかたなく前を読み返してみると,じつは〜at long reperfusionまでが主語になっていたことに気づくのである.

基本的に人間は,「1つの文には1つの動詞しか含まれていない」という前提で文章を読んでいる.そのため,1つの文のなかに動詞がいくつも登場すると,意味の中核を担っているメインの動詞を,読み手がうまく探し出せない可能性が高まってしまうのだ.

このようなリスクを避けるには,なるべく1文のなかに動詞が1つだけ含まれるようにすればよい.先にあげた例文の場合は,次のように修正すると「読み返し」を防ぐことができる.

Thirteen of the 27 genes were significantly up-regulated at short reperfusion but were not at long reperfusion; these 13 genes encode for known transcription factors or inflammatory cytokines.

動詞1つにつき,メッセージが1つ伝達されることを覚えておこう.1文のなかに動詞がいくつも登場すると,読み手がメッセージを受け止めきれなくなってしまう.文が複雑になってきたら,動詞の数を数えて,1文のなかにメッセージを詰め込み過ぎていないか確認しよう.

ただし,1文のなかで使う動詞の数を「絶対に1つだけ」と制限する必要はない(例えば英語では,thatやwhichなどの関係代名詞を使うと,それだけ動詞の数が増える).重要なのは,あくまでも「メッセージの詰め込みすぎ」を避けることであって,この指標として動詞の数が目安になるということである.

日本語なら複雑にならない?

先に示したような読みにくい文を書いてしまう原因は,英語力の不足ではない.日本人研究者が日本語で書いた文章であっても,複雑で難解なものは意外と多いのである.自由自在に使いこなせる(と錯覚している)母語であるがゆえに,多くの研究者は,無意識に複雑な文を書いてしまうのかもしれない.

例えば,あなたは,次のような文章を書いてはいないだろうか.

X受容体ファミリーの1つである遺伝子Aの発現量を増加させるタンパク質Bの発現上昇は,浸透圧低下によってもたらされる.

この文も,先に示した英文と同じで,1文に含まれているメッセージが多すぎる.たしかに,このような書き方でも,じっくり読めば理解できないことはないが,できれば「一読しただけで」意味が頭にスッと入ってくるような書き方にしたい.筆者であれば,次のように書く.

浸透圧が低下すると,タンパク質Bの発現が上昇する.そして,この発現上昇が,X受容体ファミリーの1つである遺伝子Aの発現量増加をもたらす.

一度に多くのことを説明しようとすると,読み手の脳は消化不良を起こしてしまう.伝えるべき情報がたくさんあるときは,1文を長くするのではなく,短くシンプルな文をつなげていこう.英語でも日本語でも,基本的に「長文は悪文」である.

代名詞の単独使用は避ける

図 パラグラフ構成の第1 ステップ

代名詞の使い方に関してもルールがあるので,ぜひ覚えていただきたい.このルールとは,ずばり「代名詞を単独で使用してはいけない」というものである().単独で使用するとどのようなことが起きるのか,次の例文で見てみよう.

化合物Aは,ピリミジン誘導体に分類される物質の1つであり,主な薬理学的作用点はX受容体経路である.これは,抗炎症作用を有しており,疾患Yの治療薬としても用いられている.

多くの人は,一読しただけでは「これ」が指すものを特定できず,前の文を読み返してしまうのではないだろうか.「これ」という代名詞は,ある1つの名詞の代わりとして機能することもあるし,前に書かれている文章の内容全体を受けることもある.上の例文の場合,「これ」が指し示すものの候補が5つもある.すなわち,「化合物A」,「ピリミジン誘導体」,「薬理学的作用点」,「X受容体経路」,または「文章全体」である.特にこのケースでは,一番近くにある「X受容体経路」を指していると判断されてしまう可能性が高い.

この問題は,代名詞を具体的な名詞と一緒に使うことで解決できる.次に示した修正後の文を読んでみてほしい.

化合物Aは,ピリミジン誘導体に分類される物質の1つであり,主な薬理学的作用点はX受容体経路である.この化合物は,抗炎症作用を有しており,疾患Yの治療薬としても用いられている.

2文目の主語を「この化合物」とすることで,指し示すものが「化合物A」であることが明確になった.このごく些細に思えるルールを守るだけで,文章の読みやすさが格段にアップするのである.

ただ,なかには,代名詞が指すものが自明であれば,「これ」や「それ」を単独で使っても問題ないと思う人がいるかもしれない.しかし,書き手が自明だと思っていることが,どうして読み手にとっても自明であると言い切れるだろうか.「あれ」とか「それ」でコミュニケーションができるのは,長年連れ添った老夫婦だけなのである.

おわりに

今回は,文の読みやすさを向上させるためのルールを紹介した.普段自分が書いている文が,今回紹介した悪文のようになっていないか,見直してみてほしい.次回は,文と文を滑らかにつなげて,流れのある文章を書くためのテクニックを紹介する.

  • Q
  • 英語があまり得意でない人も,最初から原稿を英語で書くべきでしょうか.それとも,日本語で書いてから英語に訳すほうがよいでしょうか?
  • A
  • 英語が苦手な方は,まず日本語で書いてください.言語は「思考の道具」ですから,論文全体の構成が固まるまでは,自分の一番得意な言語を使うべきです.いくら流暢な英語で書かれていても,内容が稚拙であっては元も子もありません.また,英語に翻訳する際は,AI翻訳ツールが役に立ちます.ただし,伝えたいメッセージが曖昧な日本語は,AIツールに入れても曖昧な英語にしかなりません.いくら精度が向上しても,AIが文章を「よくしてくれる」ことはないのです.まずは日本語でしっかりとした文章を書けることが,今後も日本人研究者にとって重要ではないかと思います.
  • Q
  • 一般的にライティングにはどのような能力が必要でしょうか? また,論文をたくさん書くにはどうしたらよいでしょうか?
  • A
  • ライティングにおいて最も重要なのは,「シンプルに考える能力」だと思います.多くの人は,「情報を詰め込む」ことに腐心しがちですが,じつは「情報を削る」ほうが重要です.なぜなら,文章に含まれる要素が多くなるほど,読み手が本質的なメッセージを見つけられないリスクが高まるからです.また,情報をうまく削れるようになると,文章の枝葉の部分に気をとられることなく,まっすぐにゴールに向かって執筆できるようになるため,執筆スピードもアップします.たくさん論文を書きたいという人も,ぜひシンプルに考える習慣を身につけてみてください.臨床研究をしている人の場合は,シンプルに情報をまとめるトレーニングとして,PICO(またはPECO)を活用してみるのもいいかもしれません.PICO(PECO)とは,患者(Patient),介入(InterventionまたはExposure),比較(Comparison),結果(Outcome)の4つの情報にフォーカスして,論文の情報を整理する手法のことです.「論文の読み方」のスキルとして扱われることが多いですが,自分の研究内容を整理するためにも使えます.あなたが現在取り組んでいる研究について,4つの情報をそれぞれ20字以内でまとめられますか? 字数をオーバーしてしまうようであれば,まだまだシンプルに考えられていないということです.

著者プロフィール

著/布施雄士(メディカルライター)
大学在籍中,論文執筆に苦しむ研究者を多く目にし,研究という仕事に「ライティングスキル」が不可欠であることを知る.文章という側面から研究をサポートするため,学位取得後にフリーランスとして独立.これまでに,医薬品のプロモーション資材から学術論文まで,生命科学に関する幅広いジャンルのライティングや翻訳を手がけている.専門は動物生理学および分子生物学.医学博士,獣医師.
協力/株式会社アスカコーポレーション
医薬・薬学分野を専門とし,メディカルライティング,翻訳,編集などのサービスを提供.「コトバも,医療技術と考える」をコンセプトに,お客様の様々なニーズに対応している.米国科学誌Science の日本での総合代理店でもある.
サイドメニュー開く