「救急外来ドリル」掲載・2026年2月4日公開
とある朝,急いで目的地へ向かうためタクシーへ飛び乗りました.「◯◯までお願いします」と伝えたところ,「私,その辺りは不慣れなのでナビを入力してもよろしいでしょうか?」と返答がありました.そして,ナビをゆっくり操作しながら目的地を入力…,皆さんならどのように感じますか?
① タクシードライバーなのに何で道を覚えていないんだ!(怒),② 急いでいるのに…早くしてくれよ!(怒),③ タクシーを乗り換えよう,④ ナビを入力した方が確実だから待とう,⑤ その他,どれでしょうか?
新幹線や飛行機などの出発時間に間にあわせるため,背に腹は替えられないと,お金をかけてタクシーに乗ったのに,前述の台詞…,イラッとする気持ちもわかります.しかし,道がわからない以上,ナビを入力しないことには目的地に到着できません.タクシーを乗り換えるのも1つの手かもしれませんが,多くの場合,そちらの方が時間がかかるでしょう.自身の力ではどうにもできないこと(今回はタクシードライバーのスキル)にイライラしても仕方がありません.そもそも時間ギリギリになってしまったのは自分のせいですよね.
新人のタクシードライバーは,どのようにして独り立ちするか知っていますか? 初期研修医の場合は指導医からいろいろと指導を受けながら独り立ちしていきますよね.いきなり一人で救急対応することはありませんよね.実はタクシードライバーは数回(多くは一度)助手席に上司を乗せて公道に出たら,その後,即独り立ちするそうです.実践経験を多く経ることなく,即実践なのです.ご存じでしたか? 自身で道を習得しなければならないのですから(われわれで言えば参考書や文献を読む,採血や点滴を1日練習するのに該当するでしょうか),はじめは,道がわからなくてあたりまえだと思いませんか? われわれも自信がある領域と手助けが必要な領域がありますよね.そういったタクシードライバーの立場を知っていれば,怒らずに対応できると思いませんか?!
タクシー事情をもう少し紹介しておきましょう.タクシー事業の運転者数は年々減少しており,令和4年には法人タクシーの運転手が約21万人,個人タクシーの運転手が約2万6千人となっています.これは10年前の約6割に相当します1).一方で,タクシーの初乗り料金は現在500円前後と,かつてに比べて引き下げられており,短距離利用を中心に利用者が増えています.利用者には高齢者の割合も多く,乗り降りに時間がかかることや,移動距離が短いことが特徴です.また,訪日外国人旅行者の増加により,タクシードライバーの業務は一層多様化し,さまざまなストレスを抱えているのが現状です.さらにタクシードライバーはお客さんを乗せているとき,例えトイレに行きたくても,お腹が痛くても停まることは基本的にはしませんよね.食事は弁当を用意している方もいますが,コンビニ弁当や立ち食いそば,牛丼など短時間で食べ終わるものを選んでいる方が多いのが現状です.そして,1日中座位の状態で過ごすため運動不足であり,血栓のリスクも高いでしょう.
“相手の立場に立つ”,と言うのは簡単ですが,実際にはなかなか難しいものです.ERで患者さんや家族などの置かれている状況,環境を理解するためには,医学的知識以外のさまざまなことを知る必要があります.何か特殊な技が必要なわけではありません.見渡せば医療者ばかりという環境で生活しているわれわれですが,小中高の同級生をはじめ,医療者以外の友人を大切にしましょう.また,医学書以外の本をたくさん読むことをお勧めします.われわれの知らないこと,たぁくさんあるのです.
引用文献
1)国土交通省:数字でみる自動車2024. https://www.mlit.go.jp/jidosha/jidosha_fr1_000087.html(2026年2月閲覧)