「救急外来ドリル」掲載・2026年8月19日公開
皆さん,このような経験はありませんか? 48歳の女性が仕事中に意識消失し,職場の同僚が慌てて救急要請しました.直近の二次病院へ搬送され,意識は清明でバイタルサインも安定していましたが,心電図を施行するとⅤ4~Ⅴ6でSTの変化が認められたため,当院循環器内科へ「急性冠症候群(acute coronary syndrome:ACS)の疑い」として転院の依頼がありました.当院来院時もやはり心電図変化を認め,冷や汗も伴っていました.若手の循環器内科医は「カテ室はいつでも大丈夫なので,ご本人,家族へ説明して,すぐに準備しましょう!」とテキパキと動き,担当した研修医はルート採血をしながら「かっこいい~」と思っていましたが….
この症例,実はくも膜下出血(subarachnoid hemorrage:SAH)でした.救急外来では時々出会うSAHの来院パターンです,SAHは激しい頭痛,意識障害,意識消失を主訴に来院することが主で,約10%は失神を主訴に来院します.また,Big U waves,T wave abnormalities,Prolonged QTc,High R Waves,ST depressionなど,心電図変化を認めるのが典型的です1).
前医から「ACSの疑い」で紹介されているため,当然ACSの可能性が高いと判断しがちです.また,専門医など,その疾患に精通している医師の発言にはパワーがあり,なかなか軌道修正するのは難しいものです.これをoverconfidence bias(過信バイアス)と呼びます.専門科の意見は鵜呑みにしがちですよね.しかし,そのような状況だからこそ,初療にかかわることの多い研修医は,慎重に,また常に疑いの目をもって対応する必要があります.指導医や専門医の意見は正しいことが多いですが,患者の状態が1分1秒を争うような緊急性のある疾患,また重篤な疾患を考慮している場合には,たとえ経験豊かな医師であってもanchoring bias/availability bias,confirmation biasなどに陥りやすいものです.現時点では専門的な処置ができない研修医だからこそ,病歴,身体所見,バイタルサイン,さらにはベッドサイドで施行可能な血液ガス,エコー,心電図などを駆使して“真の原因”を突き止めましょう.
本症例を改めて考えてみましょう.48歳女性でACSというのは若すぎますよね.そもそもの前医受診時の主訴は意識消失です.それが失神なのだとしたら,心血管性失神(覚え方はHEARTS,表)として,ACS以外に肺血栓塞栓症,大動脈弁狭窄症,大動脈解離,くも膜下出血などを考える必要があり,発症時の痛みや聴診所見,下肢のDVT(deep vein thrombosis:深部静脈血栓症)の有無をチェックしたくなるはずです2).心電図は意識消失患者では必須の検査ですが,ACS以外に上記の疾患をすぐに思い浮かべ,さらにはSAHの心電図所見を理解しておかなければ,confirmation biasに陥ります.ACSだと思って心電図を読むのと,いくつかの鑑別疾患を頭に入れて読むのとでは違いますよね.患者さんに,「気を失う前後でどこかに痛みがありませんでしたか?」と聞くと,「頭が痛く,いまも若干痛みがあります」という返答でした.冷静に考えればなぁんだと思うかもしれません.しかし,“この疾患のはずだ”と決めつけて対応すると,このような基本的事項を確認し忘れることはあるあるです.心筋梗塞だと思ったら大動脈解離,脳卒中だと思ったら痙攣後のTodd麻痺,片頭痛だと思ったら帯状疱疹,これらのエラーはよくあることです.さらに,それらに加えて本症例のように,前医から,上級医から,さらには専門医から意見を言われたらどうでしょうか? おそらくoverconfidence biasによって,思考停止へと陥ります.「◯◯先生がそう言ったので…」ではなく,自身で評価することを怠らないようにしましょう.
引用文献
1)Chatterjee S:ECG Changes in Subarachnoid Haemorrhage: A Synopsis. Neth Heart J, 19:31-34, 2011(PMID:22020856)
2)「救急外来 ただいま診断中! 第2版」(坂本 壮/著),中外医学社,2024