「救急外来ドリル」掲載・2026年9月2日公開
皆さん,このような経験はありませんか? 25歳女性が来院前日からの腹痛を主訴にERを独歩受診しました.担当した研修医の先生は,腹痛以外に嘔気・嘔吐を認めていることから,最も考えやすいのは胃腸炎と考えながらも,胃腸炎はときとしてゴミ箱診断となりうることを口酸っぱく指導医から言われていたため,エコーや心電図,さらには最近同僚が経験したDKA(diabetic ketoacidosis:糖尿病ケトアシドーシス)を疑い,血液ガスやHbA1c,尿検査をオーダーしました.
ところで,成人が腹痛を主訴にERを受診した際,必ず鑑別しなければならない疾患は何でしょうか? DKAも見逃し厳禁な疾患ではありますが,ERで初発のDKAを診断するケースは決して多くはありません.また高齢者ではACS(acute coronary syndrome:急性冠症候群)に代表される心血管性疾患が代表的ですが,若年者ではまず考えるべき疾患ではありません.本症例で必ず鑑別すべき疾患は“虫垂炎”でしょう.そして,女性では必ず妊娠,特に“異所性妊娠”の可能性を考え対応する必要があります.これらは,外科的対応が必要となることも少なくないですし,介入のタイミングが遅れれば開腹手術となり,女性であれば妊孕性にもかかわります.その他,DKAに出合う頻度よりも胆石発作や憩室炎,膵炎,卵巣出血などの頻度は高く,鑑別は多岐にわたります.
重篤な疾患を除外するために必要なことは,検査をたくさんオーダーすることではありません.ほかの疾患を確定できてしまえば,不要な検査は避けられ,さらには患者さんの不安の除去につながります.例えば,胸痛患者において,ACSをERで完全に除外するのは非常に難しく,トロポニンや心電図を注意深くフォローしても数%は見逃してしまうのが現状です.その際,帯状疱疹と確定診断できればACSは除外できるでしょう.そこでACSを合併している帯状疱疹もあるかもしれないと考えるのはチョットひねくれ者ですよね.実際少し増えるというデータはありますが,わずかであるため,きちんと心電図,トロポニンを評価したうえで帯状疱疹らしい皮疹を認めたら除外してよいと思います1).
本症例においても,DKAに関しては,「口渇・多飲・多尿・体重減少」といったインスリン欠乏症状があれば,それはhigh yieldな所見なので,DKAを疑って対応してもよいと思いますが,そうでないのであれば,まずは虫垂炎や妊娠(異所性妊娠)などを考え対応するべきです.検査の有用性は,感度,特異度よりも検査前確率に依存します.何のために(除外したい,確定したい)検査をするのか,その疾患の頻度はどの程度と見積もり,その検査を提出しているのかが大切です.すなわち検査前確率が重要であり,そこに大きく関与するのが疫学です.疾患の頻度を無視して考えてしまう,これをbase rate neglectと呼び,これもまたERで陥りやすい認知バイアスです.“最近経験したから”,“最近参加したカンファレンスで知ったから”など,このバイアスにかかわる因子は複数存在します.常に,患者さんごとに,疫学を意識した対応を心掛けましょう.
引用文献
1) Wang CC, et al:Herpes zoster infection associated with acute coronary syndrome: a population-based retrospective cohort study. Br J Dermatol, 170:1122-1129, 2014(PMID:24354564)