第4回「小説みたいに免疫学で勝手に索引!」|Dr.ヤンデルの 勝手に索引作ります! Season 2

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小説みたいに免疫学で勝手に索引!

定価2,420円(本体2,200円+税) 四六判 288頁 羊土社

小説みたいに楽しく読める免疫学講義

小安重夫先生は,「免疫学の全貌をわかりやすく伝える」というコンセプトの本を,羊土社から実に3度に渡って刊行されている.最初は1997年の『免疫学はおもしろい』,二度目が2008年の『免疫学はやっぱりおもしろい』.そして今回(2023年),『小説みたいに楽しく読める免疫学講義』である.さすがに26年間も経つとタイトルの雰囲気が変わるが,新刊の帯には「免疫学は面白い!」の文字が躍っている.コンセプトはずっといっしょなのだ.

はあーなるほどー,偉い人ともなると何度も本が書けてよいですねー,みたいなぬるい感想を持った人はいないだろうか? とんでもない.「免疫学でそれをやっている」ということに,我々は震撼すべきである.たとえるならば「Windows 95の解説を書いていたプログラマーがGPT-4搭載したMicrosoft Bingを搭載した 最新Windowsの解説を書いている」ようなものだ.偉業である.

そのすさまじさを「勝手に索引!」から紐解いていこう.リンク先で全部見られるのでお試しいただきたい.

市原のオリジナル索引①

読み 項目 サブ項目 掲載ページ
ほたい 補体 補体とよばれる一群のタンパク質の発見 44
補体の結合が貪食を助けるという発見は重要 44
補体は相手を選ばずすべての細胞に結合するのですが、私たちの細胞はそれを止めることができるので細菌だけにはたらく 111
補体が結合してオプソニン化された細菌は、よりすみやかにマクロファージや好中球に貪食されます 166
またおな また同じウイルスが感染すれば、再びそのウイルスと戦えるリンパ球のクローン増殖が起こり、免疫記憶も維持されます 69
まてんろ 摩天楼のようにみえるということでマンハッタンプロット 245
めんえき 免疫が、どうして自分自身を攻撃しないのかという自己寛容の説明 71
免疫記憶がどのように維持されるかは、残された大きな謎の一つ 70
免疫チェックポイント阻害剤 256
もっとも 最も強力な抗原提示細胞が樹状細胞 123
らいきん らい菌や結核菌などのマイコバクテリアとよばれる種類の細菌が、食べられても細胞内で生き延びる 44

たとえば上記の色を変えたところに着目して欲しい.本書の守備範囲が時間軸方向にめちゃくちゃ広いことがわかる.「マンハッタンプロット」は,SLEのゲノムワイド関連解析(GWAS)に関わるフレーズで,元のデータは2014年.一方,次の行にある自己寛容にまず言及したのはバーネットだが,これは20世紀半ばのことだ.「残された大きな謎」は2020年代後半から2030年代にかけて解明が進んでいく話である(※私見).過去,現在,未来が索引のごく近いところに並んでいるあたりに裾野の広さがうかがえる.樹形図を根元から枝先まで追うようなことを本気でやっている.

樹木では末端に近づけば近づくほど枝葉どうしの距離が広がるように,歴史を踏まえて語る医学書はどうしても扱う領域が狭くなりがちだ.しかし本書は,時間軸方向だけではなく,空間軸のカヴァー範囲も広い.

市原のオリジナル索引②

読み 項目 サブ項目 掲載ページ
そのひと その人からはき出されるウイルスの数を少なく抑えることもワクチンの目的です 21
たくさん たくさんの食物が通過する腸には、パイエル板とよばれる特殊なリンパ節があり、腸から直接抗原を取り込むことによって病原細菌などの異物を監視 180
だつかん 脱感作療法 230
だれかが 誰かが発表をはじめると、すぐにマイクの前に質問者の列ができる 23
ちくさん 畜産関係の雑誌に発表したために、医学関係者には気づかれませんでした 58
ちちゅう 地中海熱 108
ちょうな 腸内細菌も免疫のレパートリーに大きな影響を与える 73
ちょうに 腸には食べ物由来のいろいろな異物が入ってきますから、免疫をある程度抑えることが必要 162
つうふう 痛風は尿酸の結晶がNLR経路で認識される 108
てんねん 天然痘の患者が使った毛布をスペイン人がもち込んだ 28
とうさの 糖鎖の違いを見分ける受容体として、レクチンと総称されるいろいろな糖鎖に特異的に結合するタンパク質が知られています 103
どくしょ 貪食やインターフェロンなどの自然免疫の防衛戦が破られるとT細胞やB細胞の出番 172
とくてい 特定の自己免疫疾患とMHCの型が密接に関連している場合が多い 233
とくにけ 特に結核菌の死骸を浮遊させた鉱物油はこれを完成させたフロイントの名を冠してフロイントの完全アジュバントとよばれ、現在も抗体をつくるときには頻繁に使用されています 47
どくへび 毒蛇に噛まれた場合に、すみやかに抗毒素血清を注射することによって多くの命が救われている 41

「勝手に索引!」の,「た~と」のあたりを適当に抽出するだけでこうである.脱感作療法,地中海熱,腸内細菌,痛風,天然痘,糖鎖.すごく多彩だ.あなたもぜひ自分の目で「勝手に索引!」を見てみるとよい.まだまだこんなものではない.なお,今回の索引項目は文章が長めである.スーさん(担当)の苦労がしのばれる.すみませんいい文章が多くて…….

記述された範囲がめちゃくちゃ広いことはおわかりいただけたと思う.となると次に気になるのはその読みやすさであろう.電話帳を通読できるほど我々の脳は優秀にはできていない.詰めこまれていればよいというものではない.

ここであえて,私のような40代中年医師のいじわるな目線を披露する.本書に冠されている「小説みたいに楽しく読める」というフレーズを,私は,「ああ……盛ったな……」くらいの第一印象で受け止めた.いや,まあ,もちろん期待はするのだけれど,普通は無理だろう.病理学ならまだしも(笑),相手は免疫学なのだから.これまで世に出た数ある免疫学関連の本の中で,「楽しく読める」が達成できたのはただ一つ,『はたらく細胞』くらいのものではなかろうか.

しかし,通読してみて驚いた.確かに本書には小説のムードが感じられるのである.どんな小説かって? 「他人の人生を体験させてもらえるような小説」,「仕掛けと謎を解くことに没頭させてくれるような小説」,「数十個のテレビカメラで関ヶ原の戦いを武将ごとに追いかけてくれるような小説」.驚くべきことに,本書には,これらの要素がみな含まれている.医学研究の歴史はナラティブに溢れ,ときにミステリアスで,しっかり群像劇なのだ.

強いて言うなら「評伝」の手触りも感じ取れる.評論をまじえた伝記.ノンフィクションの延長にある物語.「嘘や誇張のない司馬遼太郎」とでも言ったらよいだろうか.

免疫学は終わりのない拡張工事によって増殖する,「横浜駅SF」(©柞刈湯葉)のような世界だ.100年かけて構築された巨大な伽藍を端から描写することは現代の科学者をもってしても難しい.そこで小安先生は,「建築順」に免疫学を詳らかにするやり方を選んだ.研究者たちの戦いの歴史を追いながら,今日の学術的観点からその都度評論を加えていく.

市原のオリジナル索引③

読み 項目 サブ項目 掲載ページ
しんぞう 心臓移植に成功した後であれば、心臓と同じ提供者からの皮膚を移植するとうまくいきます 250
心臓のクッション 56
せいぎょ 制御性T細胞はTGFβがたくさんつくられる腸に多い 162
せいげん 制限酵素からCRISPR-Cas9 84
せいぶつ 「生物は無からは生じない」 35
せかいじ 世界中の人が多田の背中をみることになり、世界で一番有名な背中 226
せっけっ 赤血球にMHCクラスⅠがないからこそ、血液型さえ合えば輸血ができる 97
ぞうきと 臓器特異的タンパク質がAireやFezf2の作用によって胸腺の中でつくられ、そのような自分のタンパク質に反応するT細胞がとり除かれる 153

鬱蒼とした科学の森の中では,スマホが通じない.GPSが効かないから現在位置がわからない.自分が今いるところが森の端っこなのか,それともだいぶ真ん中に入り込んでいるのか,そういったことが全くわからない.手近な木に頑張って登ってみても,梢まではたどり着けず,森を俯瞰できそうにない.鳥になりたいと思うがもちろん叶わない.

途方に暮れていたときにふと気づいた.森の中に誰かいる.細身にメガネ,少し小柄な姿勢のよい男が,歩調を乱さずにかくしゃくと歩いていくではないか.あわてて後を追いかけると,やがて前方が明るく開けて,きれいな湖が現れた.ほとりには素敵なログハウスも建っている.ぼうぜんとして話しかける.「いったいどうやって,迷わずに歩くことができたのですか?」すると彼は眉毛の両端を少し下げながら答えた.

「私は,この森がもっとずっと小さいときから,毎日うろうろしていたんですよ」

小安先生は,つまりそういうことをなさっている.

著者プロフィール

市原 真(Shin Ichihara)
JA北海道厚生連 札幌厚生病院病理診断科 主任部長
twitter:
@Dr_yandel
略  歴:
2003年 北海道大学医学部卒業,2007年3月 北海道大学大学院医学研究科 分子細胞病理学博士課程修了・医学博士
所属学会:
日本病理学会(病理専門医,病理専門医研修指導医,学術評議員・社会への情報発信委員会委員),日本臨床細胞学会(細胞診専門医),日本臨床検査医学会(臨床検査管理医),日本超音波医学会(キャリア支援・ダイバーシティ推進委員会WG),日本デジタルパソロジー研究会(広報委員長)
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小説みたいに楽しく読める免疫学講義

著/小安重夫