総合診療はおもしろい!

南極医療〜越冬隊医師になった家庭医からの報告
森川博久(第57次日本南極地域観測隊 越冬隊,元 亀田ファミリークリニック館山 家庭医診療科)

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南極大陸は,今も人類を寄せ付けない辺境の地です.日本の南極観測は,今年で60周年を迎えました.地球の未来を知るための観測を続け,オゾンホールの発見など多くの科学的成果をあげ続けています.

日本南極地域観測隊には夏隊(約40名)と越冬隊(約30名)があり,越冬隊は南極の初夏にあたる12月末に昭和基地入りし,翌々年の2月まで南極に滞在します.越冬隊が日本を離れる1年4カ月もの間は,設備の整った病院へは行けませんから,健康面のトラブルに備え医師も2名,一緒に越冬します.第57次越冬隊では家庭医の私と,外科救急医の女性医師が選ばれ,お互いの得意分野を活かして役割を分担しました.映画「南極物語」を小学生の頃に見て以来,ずっと憧れだった南極の地にやっと立つことができました.

医師の仕事としては,患者対応以外に,普段はやらない医薬品の見積もりから購入,梱包,昭和基地までの搬送はもちろん,昭和基地にある医療機器のメンテナンスも重要な仕事です.基地には血液検査(生化学,血算,血液ガス分析),X線検査,超音波検査(腹部,浅層,心臓),心電図,上部消化管内視鏡といった検査環境があり,日本の地方の小病院並みの設備が整っています.歯科治療も帰国までの応急処置は行います.

昭和基地に近い大陸の氷上滑走路の整備に行ったときの写真(筆者 左から二人目).

実際に発生する症例は,腰痛など整形外科的相談が最も多く,ついで皮膚疾患,そして切り傷などの救急処置が多いです.太陽が昇らない「極夜」と太陽が沈まない「白夜」という極端な環境変化からくる睡眠障害もみられました.南極での閉鎖された環境に,ときにストレスをおぼえる隊員もいます.日本にいる家族の健康問題の相談に乗ったりもしました.とはいえ,隊員には厳しい健康診断をパスしたリスクの少ない人が選ばれるため,実際の診療は少なく,1年間で患者は200例前後です.診療で困った際は,衛星通信を用いてテレビ会議の形で,国内医師に相談することもできます.その他,決められた勤務内容としては,3カ月に1度の健康診断や,委託された継続研究の実施があります.医学研究ももちろん可能です.上水の水質検査など医療以外の仕事も重要です.他部門の手が足りないところの支援といった仕事には自発的に参加せねばなりません.南極の暴風雪「ブリザード」の後は特に基地建物周辺の除雪に多くの人手が何日もとられます.

家庭医としては,普段「医療を必要としない健康な人々」と接することができ,さまざまな考えに触れることができたのは収穫でした.小さいコミュニティーに属する医師の仕事について,何が求められ,何が一番大切か,深く考えるよい機会になりました.それ以前に,専門も生い立ちも異なる人たちとともに長く過ごすことで世界が広がります.一方で,隊員からはいろいろな相談に乗ってもらえると感謝され,家庭医にぴったりな現場だと思います.総合診療を行う医師にはぜひ,越冬隊医師にチャレンジしてもらいたいと思います.

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